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「かいじゅうたちのいるところ」(2009 アメリカ)

「かいじゅうたちのいるところ(Where the Wild Things are)」(映画)

e0006365_23195782.jpg監督 : スパイク・ジョーンズ
出演 : マックス・レコーズ 、 キャサリン・キーナー 、 マーク・ラファロ


タイトルは知らなくても、この原作の絵本の絵は知っている人は多いと思う。私もその一人だった。未だに読んだことはない。だから、この映画に対しては漠然とした期待しかなかった。だから、出張の飛行機で見れると分かった時には嬉しかった。エコノミーの小さな画面では字幕は読めないので、必然的に吹き替え版を見た。それにしても音質が悪かった>キャセイ・パシフィック。


主人公の男の子マックスの外見と振舞は、吹き替えの加藤清史郎よりも年上に見える。この役者の実際の年齢は12歳だというが、そういわれてしまうと歳の割りに幼く見える。不思議なものだ。まぁ、それは於いといて、冒頭の母親とのやり取りや家の中の描写はわざとらしい。まぁこれがないと話が始まらないのだから仕方ない。これを踏まえて、物語は異世界へと入っていく。その境目が水(海)であり船であるというのは、伝統的な手法とすら言えるかも。そして、海辺、森、砂漠。「かいじゅう」と訳されている「ワイルド・シング」はどういうニュアンスなのだろうか。出てくる「かいじゅう」たちは、それぞれに人間の性質のある一面を強調した形で持っている。でも、求めるものは思いやりややさしさ、ぬくもり、よろこび。


すれ違いや頑なさを繰り返しながら、マックスが家へ、母親のところへ帰る決心をする直前までと、帰ると決めた後の展開には違和感があった。マックスは「かいじょう」たちを残してとっとと帰るのだ。自分がむちゃくちゃにしてしまった彼らの関係を修復することもなく、謝罪することもなく。この展開は、違和感が残る。もちろん。この異世界がマックスの「自覚している」空想上の世界であるならば、話は別だ。マックスが自覚的に帰宅を決意した瞬間に消失してしまったとしても全くおかしくない。だが、映画はそこまでは明かしてくれない。単純に「家に帰る」と再び船出して、迷うこともなく来た道を逆に辿り、自宅に着いてしまう。そこには、怪獣たちと過ごしたはずの数日間という時間の経過はなく、せいぜい1,2時間といったところだ。これによって、この物語は、母親に相手にされずにいじけた子供の異世界への逃避と帰還、母親との関係修復という現代的なホームドラマになってしまった。原作のニュアンスは一体どんなものだったのだろうか。


あぁ、最後に一言。加藤清史郎の吹き替えは、とても上手かった。
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by invox | 2010-02-15 23:20 | ■Cinema/Movie