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「タッチ・ザ・サウンド」

"Touch the Sound" (2004)

e0006365_1364445.jpgイギリスのミュージシャンにはいつも驚かされる。なんて奥が深いのだろうか。どうしてこうも沢山の素晴らしい音楽が出てくるのだろうか。世界に影響を与え続けるアヴァンギャルドな反ロックの巨人フレッド・フリスも今もまだ現役で世界の様々なミュージシャンたちとの共演を続けている。そのフレッド・フリスが一緒に出ている、ということもあって、心配半分気体半分で見たのがこの映画「タッチ・ザ・サウンド」だ。宣伝ポスターを会社の食堂で見かけてその存在を知った。

映画の主人公はエヴリン・グレニーという女性パーカッション奏者。過去グラミー賞などを受賞していると言う。しかも耳が聞こえない。8歳の頃から聞こえなくなり出して、最初は補聴器を使用していたようだが、学校の音楽教師が太鼓を直接触ることで補聴器などなくとも音は聞こえるのだということを示して以来彼女は音に触るようになったと言う。e0006365_1372150.jpg

映画の軸は二つ。エヴリンの世界をめぐる音との出会いの旅、パフォーマンスをドキュメントするもの。そしてもうひとつはフレッド・フリスとのレコーディング風景。その合間に挿入されるのがエヴリンの回想と風景。それらが重層的に綴られていく。そして常に中心にあるのは音。たとえ無音の場面であっても、そこには無音という音が存在しているとエヴリンは言う。

音楽を追い求めることは、結局は自分と世界とのかかわりを真正面から見つめなおすことに他ならない。世界を見つめることから目をそらした場合、音楽はただの消費物として次々に自分の前を通り過ぎるだけの刺激物になってしまう。もちろん、世界と対峙することは自分自身とも対峙することになるわけだが、あるがままの自分を受け入れることが出来るか、言ってみれば、ある意味試練でもある。エヴリンは映画の中で、音楽は聴くことに始まり、演奏する者もまた究極の聴き手なのだ、というようなことを言っているが、楽器を奏でる者は自分の中や外の音を楽器を通じて外に出すと同時にそれを誰よりも最初に聴く者でもある。そういう意味で演奏者は聴衆でもあるのだ。しかも最初の聴き手である。

エヴリンは聴覚がなくなっても、他の感覚がそれを補ってくれると言う。何かの器官が機能しなくなっても、それが失われると同時に他の器官がそれを補おうと働き始めるのだと言う。それを彼女は第六感(Sixth Sense)と呼んだ。

■映画「Touch the Sound」 2004年・ドイツ/2006年3月劇場公開

【出演】エヴリン・グレニー(パーカッション)、
    フレッド・フリス(ギタリスト)、
    オラシオ・エルナンデス(ドラム)、鬼太鼓座、ほか。
【監督・撮影】トーマス・リーデルシェイマー

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エヴリン・グレニー(Evelyn Glennie)

英国北部スコットランドで父の農場で生まれ育った。やはり音楽好きだった父の影響を強く受け、音楽の道を志す。おもしろいのは、父は自分と同じタイプの音楽の聞こえ方がしていただろうと言うエヴリンの言葉。母は楽譜に示されたものしか音楽と認めようとせず、エヴリンから見るとそれは音楽を好きだというのとはかなり違っていたようだ。事実理解しあうことがなかったようである。父の農場は兄が継いでいる。この映画のためのロケの二日後に火事を出したそうだが家族は無事だったそうだ。

グラミー賞を2度受賞。オーケストラとの共演や、ソロパフォーマンスで世界中で行い、ビョークとも自身のアルバムの中でコラボレーションしているという。音楽教育活動にも熱心で、ワークショップなどを開いている。2007年来日公演を予定されているというから忘れないようにしておこう。

廃墟に機材を持ち込んでのフレッド・フリスとのレコーディング風景は、幻想的でもあり、無機的なものが廃墟となったことによって有機的な翳りを帯びてくる独特の雰囲気があって、印象的であった。この映画を見て、あらためて、言葉ではなく音で考えるということを彼女が触覚において実践していることの示唆する「考える」「感じる」ということの奥深さを実感として考えさせられた。
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by inVox | 2006-03-21 13:07 | ■Cinema/Movie