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「ソフィーの世界」

「ソフィーの世界」

e0006365_22524614.jpgこれもしばらく前に録画だけしておいたNHK-BSから。一時期世界的に広く読まれた映画化作品。もちろん、原作など読んではいない。読みたくなかった。ただ、興味はあった。

e0006365_2253345.jpg映画は少女ソフィーのファンタジー的な物語として綴られる。それは西洋史を飾る代表的な人々をちょっとずつ紹介しながらも、それぞれには深く立ち入らず、物語世界と現実世界の両立と依存性を相克として対峙させながらも、最後には物語世界の独立した存続を(映画の聴衆に)認めさせるという手法だ。ここでは話題となった「哲学」は何一つ語られていない。語られないことによって聴衆に「考える」ことを促そうとしているかのようだ。それが哲学のすべてだと言ったら大げさだろうか。「考える」ことが「哲学を実践する」ことだと言ったら少し乱暴だろうか。

考える自分と考えられる自分、それらを見ている自分。言葉を捜し、つなぎ合わせ、何とか自分の考えていることや感じていることを表現しようとする、あるいは伝えようとしている自分。「思い」や「考え」は、言葉にすることで何かしら明確になる。明確に出来ない部分があることも明確になる。だが、ある部分までを言葉にすることができるということが即ち言葉に出来ないものを意識の上から遠ざけてしまい、より不明瞭な、あるいはより間接的な感覚へと押しやられていく。言葉はあまりにも不完全だ。

音楽は、言葉ではない。言葉を伴った「うた」もまた言葉単独の「歌詞」とはまったく異なったものとして認知されなければならない。歌詞の「意味」だけを追いかけるような聴き方は音楽を聴いている行為の中では最も情報処理的なレベルの低いものだと言える。音楽はすべてが合わさって出来るものだ。音だけでなく視覚的、身体感覚的なものまで含めて。人は言葉だけでは足りないと感じたとき歌を歌う。踊りを踊る。絵を描き、物を作る。そうではないか?
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by inVox | 2006-05-05 22:53 | ■Cinema/Movie