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Official inVox Blog; Watched, Read and Listened in my real life.

カテゴリ:■Music( 167 )

デヴィッド・ジャクソン(David Jackson)から、11月の頭に日本へいけるかもしれない、という話を聞いたのは、8月11日のことだった。イギリスの暴動のニュースを聞いて安否を尋ねたときのことだった。オザンナと共に再来日出来るようだ、ということで大変嬉しい驚きだった。

そして、先日、正式に発表されたイタリアン・ロック・フェスティヴァル2011でオザンナが再び来日するというニュース。しかし、その公式ページでのメンバーの中にデヴィッドの名前はなかった。
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デヴィッドへ、「正式に発表されたけど」と、このニュースを伝えたところ、その数日後にオザンナのリノ・ヴァイレッティからデヴィッドに対して正式な情報として今回、日本とイタリアのプロモータが、イタリアに拘っていて、イタリア人でないゲストの参加は許されないことになったということで、残念だが、デヴィッドは日本に来ないことがはっきりしたのだった。リノが最初にデヴィッドに演奏を頼んだときには、リノはこの条件を知らなかったとのことで、全くリノの手落ちではないのだけどね、と言っていた。

今回予定されているオザンナとオーケストラの共演での「ミラノ・カリヴロ9」については、これまでのオザンナとの演奏の中で一部の曲を演奏して知ってはいるが、アルバムをフルでは聞いたことがないとのこと。どうやらイギリスではCDを見つけるのが難しいようだ。なので、YouTubeで探していくつか見つかったので、それを聞いてみたのだそうだ。その途中で、オザンナのエリオ・ダナがソプラノとテナーの2本のサックスを演奏するようになったのは、VdGGがイタリアでチャートのトップに立った頃に、デヴィッドがイタリアで演奏するのを見た後に他のメンバーに説得されたからだ、という話を見つけた!と嬉しそうに書いていた。エリオは現在religious retreat(信仰上の修養会)を運営しているのではないか、とのことで、もはや演奏はしていないはずだと。デヴィッドは、一体誰がこれらの重要なフルートのパートを演奏するのだろうか、多分オーケストラの誰かだな!と言っている。

いずれにせよ、最終的に、今年は日本へ行くことはないだろう。来年はどうかな?という言葉と共に、最後にデヴィッドは、それらのコンサートを私のために楽しんでくれと言っていた。いい人だ。

それにしても、アルティ・エ・メスティエリだった、今年、デヴィッド・クロスをゲストに迎えてアルバムを録音しているから、日本公演にはデヴィッド・クロスをゲストに迎えたかったのではないだろうか。だって、最新アルバムからの曲をやりたいのがアーティストっていうものだろう? デヴィッド・クロスにも話を聞いてみたいものだ。
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by invox | 2011-09-02 12:39 | ■Music
過去何度か来日公演を果たしていて、その親しみやすい音楽で日本でもファンが多い、フィンランドのアーティスト、パウリーナ・レルヒェ(Pauliina Lerche)さんから、うれしい知らせが届けられた。久々の新作アルバムがこの秋には発売されるらしい。しかもワールド・ワイドのディストリビューションをユニバーサル・レコードが手がけるようだ。

パウリーナは3月の震災のことを心配してくれていたので、時折メールのやり取りをしていたが、夏は、夏休み!ということで、避暑地へとバカンスに1ヶ月ほど出かけていたらしい。ようやく休みから戻ってきたばかりで、早速知らせてきてくれた、というわけだ。

新作は「アラウンド・ザ・ワールド(Around the World)」というタイトルになるとのこと。パウリーナによれば、日本や中国を含めて世界各地の民話・御伽噺や音楽的な特徴を取り入れたオリジナル作品集とおこと。発売予定日は10月5日ということで、大変楽しみな一枚だ。

また、フィンランド国内ではパウリーナと妹のハンナマリのユニットであるミミ(ット)(MIMMIT)をメインとしたテレビ番組が9月4日からスタートするようだ。こちらはおもに子供たちを対象とした番組のようだ。ちなみに去年までにも何度か特別番組としてテレビ放送されたものがあり、フィンランドの小さな子供たちの間ではかなりの人気者らしい。

"Panda" (新作「Around the World」から)

MIMMIT(ミミ)公式ホームページ

e0006365_18184887.jpgこちらはパウリーナとハンナマリだけが出てくるMimmitのプロモーション・ビデオだ。楽曲は前作の「ハッツ・ハッツ・ハラカイネン」というアルバムからのもの。アルバムの全10曲中、なんと5曲分だ。

- "Tanssi Poika"
- "Pakkasherra"
- "Hauen Sanalla"
- "Tana Iltan" (Tanaのaはふたつとも上に点二つが付くa)
- "Hats, Hats Harakkainen"

あぁ、久しぶりに彼女たちのステージを見たくなった。
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by invox | 2011-08-20 18:19 | ■Music
さて、ギリシアのフルート奏者ステリオス・ロマリアディス( Stelios Romaliadis)率いるプロジェクト集団Luupが新作を発表しました。前作に引き続き、デヴィッド・ジャクソン(David Jackson)が1曲にサックスで参加しています。


"MEADOW RITUALS" by Luup (released on May 17 2011)
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  1. Horse Heart
  2. Taurokathapsia
  3. Cream Sky
  4. Spiraling
  5. Roots Growth  ***David Jackson参加曲
  6. See You In Me
  7. Ritual of Apollo & Dionysus
  8. Northern Lights


すでに発売になっているようなので、何とか入手したいと思います。サイトにはサンプルとして何曲かをつなぎ合わせたものが聞けるようになっています。
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by invox | 2011-07-26 22:56 | ■Music
2009年に亡くなった元Random Hold(ランダム・ホールド)の創始者の一人デヴィッド・ファーガスン(David Ferguson)が、息子のサムと共にランダム・ホールドの新作を制作しようとしていたということを知ったのは、彼が亡くなった年の後半に、とあるBBSで2008年7月のサムの発言を見かけたからだった。

そこにはデヴィッド・ローズ(David Rhodes)や2ndアルバム時のベース奏者だったマーティン・スウェイン(Martin Swain)などがレコーディングに参加しており、2009年末ごろには出せるのではないかと書いてあった。実際には、その発言の約1年後にデヴィッド・ファーガスン氏が亡くなってしまったため、その構想は現実とはならなかったのだが。

ずっとこの話が気になっていて、昨年、ランダム・ホールドのデビュー・アルバムをプロデュースし、デヴィッド・ファーガスンのソロ・アルバムには娘のホリーが参加したり、自身もデヴィッド・ローズの新作ソロ・アルバム「ビタースウィート(Bittersweet)」にも参加したピーター・ハミル氏にこの話を聞いてみたのだが、ハミル氏曰く、「DFが亡くなった時、レコーディングはさほど進んでいなかったはずだ。おそらくサム一人ではプロジェクトを進めるのは難しいだろう。」とのことであった。

最近、デヴィッド・ローズと直接やり取りをする機会があったので、無謀にも、直接この件について訊いてみたのだが、「私の感じているところでは、この仕事は、ほとんどがデヴィッド・ファーガスンと息子のサムのもので、自分はDFがなくなる前にしばらく一緒に作業した」というものだ。ということだった。これはいくらかのレコーディングを行ったという意味に解釈してもいいだろう。

しかし、実際には、同時期にデヴィッド・ローズは自身のソロ・アルバム「ビタースウィート」の準備を進めていたはずなので、あまり積極的に関与していたというのは考えにくい。やはり、この最後のランダム・ホールド作品は亡くなったデヴィッド・ファーガスンが、墓の中へと持っていってしまった、ということになるのだろうか。

息子のサムはまだ若く、大学生で、音楽もやるが、彼自身の興味の中心は演劇であり、自身、劇団で俳優をやっているようだ。先の発言に拠れば、ランダム・ホールドの新作では父親のデヴィッドと共にサムが共作した楽曲も含まれる予定だったという。彼がそれらを仕上げる気になるかどうかは分からないし、彼が独力で作品として仕上げるには膨大な時間とお金が必要だろう。父親の持っていた音楽業界における人脈を受け継いでいる訳ではないだろうから助けてくれる人はほとんどいないだろう。やはり幻の一枚ということになってしまうのだろうか。
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by invox | 2011-06-11 15:42 | ■Music
"A Scarcity of Miracles" Jakszyk, Fripp and Collins; A King Crimson Projekct

e0006365_18555768.jpg 1. A Scarcity Of Miracles (7.27)
 2. The Price We Pay (4.49)
 3. Secrets (7.48)
 4. This House (8.37)
 5. The Other Man (5.59)
 6. The Light Of Day (9.02)



5月末にリリースされたばかりだが、3月にでたVdGGの新作「A Grounding in Numbers」以外で、最もよく聴くようになったのがこれ。

21st Century Schizoid Bandで見事にRobert Frippの役割とボーカリストの役割とを両立したことで評価の高いJakko M. Jakszykが、その本家本元であるRobert Fripp とセッションを行ったものをベースに、後からJakkoが色々と手を加えて楽曲の体裁にしたもののようだ。

そこにぜひにと参加をしたのがMel Collinsだとか。そして(おそらくはJakkoから声が掛かったのであろう)Gavin HarrisonとTony Levinという現King Crimsonの強力なリズム・セクション。まぁ、期待するなと言うのが難しいでしょう。

ただし、一つだけ、クリムゾンの熱狂的なファンでカンタベリーを知らない人には「肩透かし」を食うリスクもきちんと取っておいてもらった方がよいかもしれない。(どんな時期のものであっても)クリムゾンの音楽とまったく同じ音楽ではないということだ。むしろJakkoの一番新しいソロ・アルバムである「Bruised Romantic Glee Club」に近しいものを感じる。そもそもJakkoのファンである私にはとても嬉しいのだが、そうでない人にとってはもしかすると「なんだこれは?」となるかもしれないのだ。

しかし、そこには、Fripp曰く「クリムゾンの遺伝子」が見事に入り込んでいるのもまた間違いない事実であり、Jakko自身が語ったことがあるように、最も強い影響を受けたのは、カンタベリー、VdGGそしてクリムゾンだったのだから当然と言えるだろう。(しかも奥さんはマイケル・ジャイルズの娘さんだ。)Jakkoを古くから知る人は「カンタベリー」の流れの中でしか捉えていないかもしれない。あるいは、デヴィッド・ジャクソンの「The Long Hello vol.3」での2曲を知る人は彼がかなりのVdGGファンであることも知っているだろう。(ただしLevel42でのJakkoしか知らない人には意外かもしれない。あぁ、あれは「アラン・ホールズワースの後任」だったのだ。)

JakkoとFrippのギター・セッションが一体どういう経緯で録音されたのかはよく分からないが、オリジナルの録音を聞くことはないのであまり気にしても仕方がないが、聞こえてくる音から判断すると割りとサウンドスケープとギター、みたいなものが多かったのではないかと推測できそうだ。しかし、最終的な形態は見事に展開のある歌モノになっている。ある種淡々とした展開はクリムゾンではあまり聴けないものだと思うが、それはそこはかとなくフリップ&イーノなんかも間接的に連想させる部分もあるかもしれない。

個人的には、少し歌の部分が多過ぎると感じた部分もあるが、元がインストのセッションなので結果としてそうなってしまったのかな、と思っている。バランスをとろうとしすぎた結果だろうか。もっとも私は彼の声が好きなのであまり気にならないのだが。少し残念に思うことがあるとしたら、リズム・セクションが控えめなところだろうか。アルバムの名義は3人になっていて、リズム隊の二人はあくまでもサポートの扱いになっている。演奏が地味だという訳ではないが、控えめだ。もっと暴れてくれた方が嬉しかったが、そういう楽曲でもないか。

なお、特別仕様も同時に発売されているようで、そちらはHQCD/DVD-Audioの2枚組。DVD-Audioがマルチ・チャンネルかどうかは良く分からない。私が買ったのは普通のCDです。ちなみに日本盤も出て来るようです。それとLPも出るらしい。
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by invox | 2011-06-09 18:57 | ■Music
鈴木生子 Clarinet recital series 2
「ピアノ、クラリネット、チェロのための・・・B&B」


・5月20日(金)19時開演
・淀橋教会小原記念チャペル(新大久保) 

 - クラリネット:鈴木生子
 - ピアノ   :浦壁信二
 - チェロ   :松本卓以

<演奏曲目>

 1. ピアノ、クラリネット、チェロのためのトリオ 作品 11(ベートーヴェン)
 2. ピアノ、クラリネット、チェロのためのトリオ 作品 114(ブラームス)
   ~ アンコール ~
 3. ハンガリー舞曲6番(ブラームス)
 4. 歌の調べの如くに 作品 105-1(ブラームス)


e0006365_12585310.jpg予告されていた演目は本編の2曲だけでしたが、アンコールに、やはりブラームスから、なんと2曲のプレゼント。大変良いコンサートでした。

正直に言って、ベートーヴェンもブラームスも、TVや映画でたまに耳にする程度でしか聞いたことがない私としては、もしかしたら退屈なクラシックなのかもしれないという不安もありました。以前NHK-FMでだったでしょうか、ブラームスの「ハンガリー舞曲」のオーケストラ版は聞いたことがありましたが、印象に残っているのはその1曲の、しかも一番派手なフレーズのパートのみ。やれやれ。

ところが、まずはベートーヴェン。これがまた分かりやすいコントラストの強い曲です。三つの楽器の対比もそうですし、メロディラインも華やか。一つ一つの楽器のラインを追うことが出来るほどの明快さ。いやぁ、新鮮な驚きでした。

一方のブラームス。ハーフトーンな感触がいい、という前説にあったとおり、非常にドラマティックでありながら、これといった派手な要素はなく、でもあっという間に曲の雰囲気に引き込まれてしまい、別世界へと意識が遊離していくような感覚でした。したがってベートーヴェンでは追えた各楽器のメロディがいつの間にか追えなくなっているのに何度も気付く始末。曲の力としてはこちらの方が格段に強かったのではないでしょうか。いや凄いぞブラームス。

そして、アンコールは短くまとめた(2曲とも浦壁氏の編曲)ブラームス。「ハンガリー舞曲」は確かにハンガリアンダンスが容易に連想されるリズムとテンポ。もう一曲は優雅に麗しく。今回のコンサートでの最大の収穫は、ブラームスがこんなに面白い作曲家だったというのを知りえたことかも。

鈴木生子さんは今回はバス・クラリネットはなし。クラリネット一本での勝負。チェロやピアノとの掛け合いなども素晴らしく、音的にきちんと拮抗した演奏をテンションを落とすことなく最後まで引っ張って行ってました。浦壁氏のピアノもさりげなく超絶技巧なフレーズを弾きこなし、アレンジも素晴らしく、もっと活動の幅を広げてポピュラー・ミュージックへも進出して欲しいものです。もう一つ、チェロの松本氏。彼の演奏はコンテンポラリーαでも見聞きしたことがあるはずなのですが、今回はとくに印象が強かった。いいミュージシャンです。音楽を創ろうという意欲がビシバシと伝わってきました。この三人でより自由な集団即興なんかをやっても面白そうです。
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by invox | 2011-05-24 12:59 | ■Music
アンサンブル・ヴィーヴォ2011公演
「西洋の目、東洋の声 ~ フランス音楽アカデミーとアジアの作曲家~ 」


e0006365_2381688.jpg・2011年3月1日(火)
・けやきホール(古賀政男音楽博物館内)
・演奏:鈴木生子(クラリネット)
    中澤沙央里(ヴァイオリン)
    大須賀かおり(ピアノ)

 1. 「悟り」(cl)(アラン・ゴーサン)
 2. 「黒の悪戯」(cl, pf)(阿部 俊祐)
 3. 「トウキョウ・シティ」(p)(アラン・ゴーサン)
 4. 「呼吸(いき)I」 (cl)(金子 仁美)
 5. 「微動」 (vl)(ハン・ジョンフン)
 6. 「トリオ」 (vl, cl, pf)(パク・チャンウォン)

久しぶりの現代音楽。フランス、日本、韓国の作曲家の作品だ。一番面白かったのはラストのトリオ編成での「トリオ」。指揮者はおらず、3人のアンサンブルの指揮を執っていたのはクラリネットのように見えた。演奏力においても実力差があるように感じたのは気のせいか。そう感じた理由は音量。いや、音量というよりも、ダイナミック・レンジという言葉の方がしっくり来るか。クラリネット以外の二人は、小さな音と大きな音の差が少ないのだ。そのため音楽の表現の奥行きが浅くなっていたように感じた。プロフェッショナルとアマチュアとの一番顕著な差がこのダイナミック・レンジの広さだと思う。演奏は上手いだけに、パワー不足がもったいない。

以前NHK教育でたまたま見かけたリチャード・クレイダーマンによるピアノ指導の番組でも、生徒が弾いた後にクレイダーマンによる演奏を聴くと、その音の大きさの違いにとても驚かされた記憶がある。クレイダーマンの音楽が好きだった訳ではない私にとっても、そのように感じられたのだ。大きな音をより大きく演奏できるということは、中間の音の表現に微妙な階調を付け加えることが出来るということだ。プロを目指す人に対するアドバイスに「出来るだけ大きな音を出して練習しなさい」というのがあるが、それは、小さな音でばかり練習していると、その中での表現に終始してしまい、表現のダイナミクスや肌理細やかさが貧弱になってしまうからだと聞いたこともある。この二人の演奏を見ていて、そんなことを思い出した。

それと、日本人の作品2曲は、フランス、韓国の4作品に比較して音学の度合いが高く感じた。特に最後の「トリオ」は音楽度が一番高かったように思う。私がこの曲を気に入ったのは、それが理由だったのかもしれない。


さて、次は今月末頃のB&B公演だ。こちらはより強力なピアノが加わることが分かっているので大変楽しみである。どんな漫才を見せてくれるのだろうか?って違うってば。

●鈴木生子Clarinet recital series 2
 「ピアノ、クラリネット、チェロのための・・・B&B」
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 - クラリネット/鈴木生子
 - ピアノ/浦壁信二
 - チェロ/松本卓以

【プログラム】予定曲目は変更になる可能性があります。
 1. ブラームス「ピアノ、クラリネット、チェロのためのトリオ 作品114」
 2. ベートーヴェン「ピアノ、クラリネット、チェロのためのトリオ 作品11」

開  演■2011年5月20日(金) 19時開演(18時30分開場)
入場料金■3500円  
会  場■淀橋教会小原記念チャペル
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by invox | 2011-03-04 23:08 | ■Music
川崎のクラブ・チッタがこのところ活発にプログレ関係のライブを行っている。昨年のオザンナは私にとっては大変嬉しい企画だった。夏のハケット、ルネッサンス、四人囃子のフェスティヴァルも盛況だったと聞く。残念だったのは、フラヴィオ・プレモリ&マウロ・パガーニの公演が中止になったことだったのだが、その代わりに今年、アレア+マウロ・パガーニでの公演がセットされた。二日間の公演だが、一日だけ見に行くこととした。

ホークウインドは、去年のクラウス・シュルツェ以上に「まさか」の来日だ。ティム・ブレイクもメンバーだし、見てみたい気はするが、いかんせんアルバムは3枚しか聞いたことがない上に余り気に入っていない。見送ることにした。ラッテ・エ・ミーレも、アルバムは2枚ともLPで聴いているが、印象にはあまり残らなかった。これもパス。問題はエディ・ジョブソンジョン・ウェットンによるUK名義の公演。ドラムスとギターにはエディ・ジョブソンのバンドのメンバーらしいが、UKZも聴いていないし、どうもエディ・ジョブソンの活動がお金目当てに見えてしまっていまひとつ、よし、行こう!という気になれない。後で後悔しそうだが、それでも躊躇してしまっている。さて、どうしたものか。

ホークウインド 
   2011/04/09 (土) /10 (日)
     Dave Brock(guiter ,vocal,keyboards)
     Richard Chadwick(drums,vocal)
     Tim Blake(keyboards,vocal)
     Mr Dibs(vocal, base guiter)
     Niall Hone(guiter,bass,keybords)
     Laura McGee (dancer) / Stef Elrick (dancer)

UK
   2011/04/15 (金) /16 (土)
     Eddie Jobson(keyboards, violin)
     John Wetton(vocal, bass)
     Alex Machacek(guitar)
     Marco Minnemann(ds)

ラッテ・ミエーレ 
   2011/04/30 (土)

アレア+マウロ・パガーニ
   2011/05/07 (土) /08 (日)
     patrizio fariselli(keyboards)
     paolo tofani(guitar)
     ares tavolazzi(bass)
     walter paoli (drums)
     SPECIAL GUEST
     mauro pagani(violin/flute/vocals)
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by invox | 2011-02-18 13:51 | ■Music
アレアが来る! しかも、マウロ・パガーニと一緒に!!

昨年末飛び込んできたこのニュースには正直驚いた。昨年5月にニュー・ヨークでこの組合せでのライブをやったのは知っていたが、実際にその音は聴いていない。デメトリオ・ストラトス、ジュリオ・カピオッツォという創設メンバー二人が既に故人なので、アレアと言っても、あの強烈な歌は聴けないのは分かっているが、それでも、マウロ・パガーニのバイオリンと、ファブリッツィオ・デ・アンドレ直系のボーカルが全く違う魅力を与えてくれるだろうことを、実はちょっとばかり期待している。また、ファッリセッリのキーボードにもちょっと期待している。それに、マウロ・パガーニのソロ作品からも演奏するらしいので、そちらは非常に期待している。

アレア(AREA)with マウロ・パガーニ(MAURO PAGANI)来日公演

≪来日予定メンバー≫
 - Patrizio Fariselli(kbd)
 - Paolo Tofani(g)
 - Ares Tavolazzi(b)
 - Walter Paoli(dr)
 - Mauro Pagani(vln/flute/vo)

 ・2011年 5月7日(土) OPEN 17:00 START 18:00
      5月8日(日) OPEN 16:00 START 17:00

チケット:¥8500 全席指定(各日限定600席)
一般発売:2011年1月22日(土):チケットぴあ、ローソンチケット、イープラス
主催・招聘・企画制作:クラブチッタ
後援:ストレンジ・デイズ、協力:ディスクユニオン

ということで、まさか!というべきアレア+マウロ・パガーニの来日公演です。

デメトリオ・ストラトスの死後、何度か再結成していますが、ドラマーのジュリオ・カピオッツォも亡くなってしまったので、追悼とか没後何周年といったイベント以外ではありえないと思っていましたが、昨年元アレアの3人にマウロ・パガーニが加わり、ドラマーのみよく知らないメンバーでニュー・ヨークでライブをやったというニュースを聞いたときは驚きました。しかし、まさか、日本に来るなんて信じられません。

今回の来日メンバーは、このクラシック・ラインアップから、既に故人となったデメトリオ・ストラトス、及び、ジュリオ・カピッツィオを除いた3人に、デメトリオとも親交の篤かったマウロ・パガーニがバイオリンとボーカルで参加。そして、セッション・ドラマーであるウォルター・パオーリが昨年の5月のニュー・ヨーク公演に続いての参加となるそうです。

AREA 1974-1979 Classic line-up;
- Demetrio Stratos - lead vocals, organ, steel drums
- Giulio Capiozzo - drums, percussion
- Patrizio Fariselli - keyboards
- Paolo Tofani - lead guitar, synthesizer
- Ares Tavolazzi - bass guitar, trombone

◆クラシック・ラインアップでのアルバム

 1974 - Caution Radiation Area
 1975 - Crac!
 1976 - Maledetti (Maudits)
 1978 - 1978 Gli Dei Se Ne Vanno, Gli Arrabbiati Restano!

ドラマーは昨年1月のボローニャでのデメトリオを悼むイベントの時とは違う人のようで、イタリアのセッション・ドラマーだとのこと。しかも、ボーカルはマウロ・パガーニだけ。最初からデメトリオがいないことは分かっているし、彼のボーカルと同じものを期待するのは絶対無理ですから、それはそれでがっかりすることもないのかもしれません。ただ、マウロ・パガーニも、

願わくは、トファーニとファッリセッリが思いっきりアレアらしく暴れて欲しいなぁ。マウロ・パガーニも「地中海の伝説」で見せてくれたようなアレアとの相性のよい演奏をして欲しいものです。NYでの公演では、アレアの楽曲以外に、パガーニの楽曲も演奏したというので、そちらも楽しみです。

○マウロ・パガーニ

 1978 - Mauro Pagani (「地中海の伝説」ソロ1作目)
 1981 - Sogno di una notte d'estate (「真夏の夜の夢」サントラ)
 1991 - Passa la bellezza (ソロ2作目)
 2003 - Domani (ソロ3作目)
 2004 - Creuza de ma (tribute to Fabrizio De Andre)(ソロ4作目)

1作目は、言わずと知れたイタリアン・ロックの最重要アルバムの一つ。デメトリオ・ストラトス参加ということもあって、日本でもこれにノックアウトされたファンは多い。NHKの英会話番組のテキストのようなジャケットも印象深い。

2番目のサントラは、「真夏の夜の夢」というタイトルで国内盤が出たが、1作目の延長を期待したファンには不評だった。これ以外にも、自分の名前を冠したサントラ作品があるようだが、全貌は掴めていない。私も以前1枚持っていたが、あまり良い作品ではなかったので手放してしまった。タイトルも忘れたが、SFチックな映画のサントラだったようだ。ちなみに、その映画は日本では公開されなかったというのは覚えている。

ソロ2作目と3作目は、私は聴いたことがないが、所有者のレビューを読むと、どうやらバイオリン奏者としてのパガーニは引っ込んで、イタリアの土着の音楽に根ざした作曲者、歌い手としての自分を前面に出しているようだ。それは、1984年のファブリッツィオ・デ・アンドレのアルバム「地中海の道程」に参加したことによる影響だと書かれていた。それが次のライブ・アルバムでもある4作目に結実しているのだろう。この作品は、ファブリッツィオ・デ・アンドレ+マウロ・パガーニの「地中海の道程」(1984)の完全リメイク(但し、ライブ録音)だそうで、パガーニのデ・アンドレに対する深い敬慕の思いを知ることが出来るアルバムだそうだ。

これら3作品では、マウロ・パガーニは完全にボーカリストであるそうだ。なので、ボーカリストとしてのキャリアはすでに四半世紀を超えていることになる。さて、アレアの楽曲との相性はどうなのだろうか。

そんなことを考えながら、本日、チッタのサイトで日曜日のチケットを申し込んだ。
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by invox | 2011-01-08 17:13 | ■Music
あけましておめでとうございます。新年最初のお話として、David Jacksonがクリスマス前にイタリアへ出かけて帰ってきた際のとんでもない出来事をご紹介しよう。この話は、すでにイタリアのファン・グループ”PH&VdGG Study Group”のホームページにも紹介されているが、デヴィッド本人は、私が知らせるまでそのことを知らなかったようだ。たぶん、ジャンニが文章を流したのではないか、というのがデヴィッドのコメントだった。以下は、デヴィッドから送られてきたオリジナルのワードでの文章を訳してみたものだ。なにぶん英文和訳は素人なので誤訳がある場合はご容赦願いたい。

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●ア・ディファレント・クリスマス・ストーリー ~ ケース・スタディ
- by デヴィッド・ジャクソン

 - 私は、如何にして自分の楽器たちをなくしかけたのか、そして、どうやってそれらを再び手にしたか!



 昨年12月、クリスマスの1週間ほど前、木曜日に、私は、イタリアでのコンサートのため、いつものようにガトウィック空港からローマへとEasy Jet航空の飛行機で出かけていった。これもまた、いつものように、巨大で重い、サックス類とフルート、それに不可欠なアクセサリー類、例えばストラップやスタンドといったもの、道具類とリードなどがぎっしりと詰まったフライト・ケースを持っていった。その夜、O.A.K.というジェリー・クッティロのバンドとのリハーサルを行った。マーティン・オルコックと私は、「砂漠のクリスマス」と題された、ローマのヴィア・リベッタにあるアンチュ・ライブ・ミュージック・クラブでのイベントでのスペシャル・ゲストだったのだ。その晩のリハーサルは、長くて疲れたが、セットはエキサイティングで演奏はファンタスティックだった。

 金曜日がギグだった。サウンド・チェックの後に人々が到着し始めた。極めて素晴らしかったのは、そこにとても大勢の若い子供たちがいたことだった。ジェリーには魅惑的な8歳のイザベラという名の娘がいた。彼女は、大勢のクラスメイトやその兄弟、連れてきた親たち、それに友達によって握手攻めにあっていた。子供らは皆、赤と白のクリスマスの妖精の衣装を身に着けており、それで、いつものプログ・ロック・クラブのライブの典型的な夜ではないものとなった!イタリアでのライブ音楽はいつも夜遅いのだが、たくさんの人々が集まってきていた!彼らが食事をした後、子供たちはあたりを走り回り始め、一様に騒がしくなってきたのだが、もちろんかわいらしかったのだ。

 私は突然、子供たちに、私のバンドと一緒にやるオープニング曲「コルプス・クリスティ・キャロル」での最低限の合唱パートを教えて、一緒に演奏しようと思いついた。彼らは、この曲をあっという間に熱心に学んでくれた。彼らは思っていた以上に興奮しており、ショーの一部となって、ジェリーのバンドと一緒に演奏することにワクワクしていたんだ!私は、ガブリエレというよく知らないファンが子供たちをまとめるのに素晴らしい手伝いをしてくれた。私たちは、私の即興のソロの間に、完全なサプライズとして子供たちを登場させ、それはとても美しかった。もちろん、イザベラは父親と一緒にステージで歌ったし、妖精たちの合唱団はショーを掻っ攫っていった。それは、とてもエキサイティングな音楽のとても素晴らしい夜だった。

 土曜日、私は帰国の飛行機に乗ることになっていた。しかし、ガトウィック空港へのすべてのフライトはイングランドでのひどい雪のせいでキャンセルされてしまっていた。偶然、私が滞在していた海辺の町オスティアでも雪が降っていた。一人の老人が浜辺での写真撮影に参加していたのだが、彼が「ヒストリコ(歴史的だ)」と叫んだ。「ローマに前回雪が降ってから、25年ぶりだ!」と。

 私は、その便でうちへ帰って、家族とのクリスマスの準備をしたいと思っていたのでいらいらしていた。電話で、なんとか月曜日のフライトを予約できたので、代わりに、マーティンと私は素晴らしいイタリアの仲間ともてなしの週末を送らざるを得なくなったのだ。そう、それはこの世の終わりというわけではなかったんだ、この段階では。

 月曜日のフィウミッチノ空港で、私は自分の荷物をいつものようにチェック・インして、ジェリーがフライト・ケースをセキュリティのX線検査機に乗っけるのを手伝ってくれた。私はそれに手を振って別れを告げた。これまで何百回もやってきたように。そしてケースは出発口の中へと消えていった。

 いつものように、イージージェットでのフライトは機材と乗務員のたくさんの問題があり遅れていた。ガトウィック空港のバゲッジ・ホールに着くと、スーツケースはごく普通に出てきたが、フライト・ケースはただ現れなかった。私は随分長いこと探したのだがまったく落胆してしまった。その後長い列に並んでメンジーズ手荷物管理へとそがなくなっていることを届け出た。私はイージージェットのワールドトレーサー・サービスの番号をもらい、ケースは通常2,3日で見つかると言われたのだ。それが普通だ、と。しかし、そのバゲッジ・ホールは普通どころではなかった。ターンテーブルの間のどの通路にも放置された荷物が何千個とあったのだ。ひとりの地上係員の男性が人々を助けており、もう一人はガラスの向こう側にいた。

 飛行機から降りたときに滑走路を歩いてきたので、ガトウィックの天候が再びとても悪くなることは分かっていた。2時間半ほど探してから、私には自分のバンに乗って、ひどく降りしきる雪の中を家までたどりつこうとする外に選択肢がなかった。

 水曜日、イージージェットのワールドトレーサー・サービスからは何の連絡も情報もなく、私の気分はとても落ち込んでいた。私はこれらの楽器を40年以上も愛用してきたんだ。最近、私の娘ドリーがマンチェスターの「スティーブ」に会ったとき、誰かが私の(同じ)フルートをステージから持ち去ったのを見て、彼と彼の友人がそいつを追いかけていき、道を半分ほど走ったところで追いついてフルートを取り戻し、ギグへと走って戻っていったのだと話してくれたのだそうだ。私はまさにそれを覚えている。誰かが私に、まさにそれが必要なときに私のフルートを客席から手渡してくれたのを。- 奇妙なことだった!1975年のローマで、国家的な事件が起きているさなかに、私たちのトラックが盗まれて、その中にあったすべての私たちの楽器は1週間ほどなくなったままだった。今年、ルフトハンザが数時間ほど荷物をなくしたが、彼らはすぐにケースを追跡し見つけてくれた。私は、何年にも渡って何度か怖い思いをしてきたのだった。

 しかし、今回のイージージェットの状況は、希望がないように見え、そう思えた。ワールドトレーサー・サービスは、荷物がどこにあるのか、最後にどこにあったのかについて何の手掛かりも見つけられていなかった。タグやバーコードは、それらがちゃんとスキャンされてその情報が処理されていなければ、いったいなんの役に立つというのだ?これらが私のなくなってしまった道具なのだ。それらは、私のダブル・ホーン奏法に合うようにカスタマイズされていた。また、オザンナのリノ・ヴァイレッティが今週言った様に、「そのフライト・ケースは、本当に『宝物』だ。その中にあなたの栄えある歴史がすべて詰まっている」のだ。今回、私は本当に最悪の事態を恐れた。私は、イージージェットが正式に「なくなった!」と宣言するまでは、自分のプロとしての生活を立て直すことを始めることも、1ヶ月の失業保険を請求することも出来そうになかったのだ。

 私がどんなにストレスを抱え込んでいるのかがわかったため、妻のスーが職場から電話をかけてきてこう言った。誰もケースを探してなんていないのよ、と。彼女は私に何かしなさいと言った。- 誰か手伝ってくれる人を掴まえてみなさい、と。私たちは手始めにイタリアを当たってみることにした。なぜなら、ケースが本当にフィウミチノ空港を出たという証拠が何もなかったからだ。私のアドレスブックに登録されているあらゆるイタリアの友人たちにメールを出した。誰か空港に知り合いがいる人間はいないかと。友人の一人、天才ミュージシャンでオザンナ仲間のメンバーでもある、ジャンニ・レオーニが空港に電話をしようと言ってくれた。偶然にも、彼は1970年代のプログレッシヴ・ミュージックのファンで、ヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーターや、オザンナ、バレット・ディ・ブロンゾ(ジャンニのバンド)を知っていた同情的な係員と話が出来たのだ。彼は、デスクを離れ、フライト・ケースを探しに行こうと決心してくれた。彼の手には写真があり、彼の頭には、それがどんなものなのか明確なイメージがあった。その夜遅く、彼はケースを見つけた。彼はジャンニに電話をし、ジャンには私にすぐにEメールを送ってきてくれた。「デヴィッド、ドラマは終わった、と君に告げることが出来てとてもとても嬉しいよ:君のフライト・ケースが見つかったんだ!!! それはまだローマの空港にあったんだ、…エレベーターの中に置き忘れられて!!!!!! 私たちのファンであるエリックがそいつを見つけて、私に1分前に電話して教えてくれたよ。」

 木曜日、エリック・コンテはそのフライト・ケースを午後のイージージェットの便に乗るように手配してくれた。彼は私に電話をかけてきてくれて、積み込みが終わったと知らせてくれた。私は彼の親切に、心の底からのありがとうを言った。私はすぐにガトウィック空港へそれを受け取りに出かけていった。だが、その時はまだ、私は、単純なピックアップが如何に難しいことであるのかを知らなかったのだ。

 ガトウィックでは、更なる混乱が私を待ち受けていた。たくさんの便が再びキャンセルとなっており、イージージェットのデスクには100人以上もの人々が列を作っていた。雰囲気は極めて険悪で、しかし、自分の番が回ってくるのを待つ以外に選択肢はなかった。2時間後、私は係の女性に話していた。彼女は適切な内線番号を教えてくれて、私は、まず、そのフライト・ケースが確実に到着しているかを確認しなければならないと強く主張した。私はその番号に30分もの間、なんの応答もないまま電話をかけ続けた。私の息子のジェイクが電話をしてきて言った。「戻ってきて、連絡があるまで寝てなよ」と。私はそうした。さらに30分ほど経ってから、スージーという名の女性がバゲッジ・ホールへのセキュリティ・パスを持ってきてくれた。私は再びメンジーズの係員に会うため列に並んだ。彼はどこにケースがあるのかをまったく知らなかった。私は、もう一度、周りの、混乱を極め、絶望的なパニックに陥った旅行者たちや、ターンテーブル、散らかったバッグ類を見回した。5分後、私は見つけた!

 私のフライト・ケースはターンテーブルの2番に投げ出されていた。ストラップ類は緩んで外れてしまっていた。しかし見た感じはOKそうだった。私の封印シールは剥がされており明らかに開けられていた。私は一方から近寄って中身が大丈夫かを確認した。スージーは、そのケースの中の本当に無数の内容物に驚きながら私を見ていた。明らかに無くなったものは一つもなかった。私は再び一つになり生まれ直したのだ!「ハッピー・クリスマス!」と私が「申告なし」のゲートを1ポンドのカートを押して通っていく際にスージーが言った。

 家についてから、しばらくして、私はワールドトレーサー・サービスの個人ページを開いてみると、「何の情報も得られません」と再び出ていた。私のフライト・ケースは別の無記名のタグが付いて到着していたのだが、オリジナルのタグはどっかへ行ったままだった。実際にこれらの荷物タグを本当に誰かがスキャンして、何かをやっているのだろうか?このシステムの混乱と崩壊の中で、何とかしようという人は誰もいないのだろうか?私はただとてつもなく幸運だったのだろう。私を助けようとしてくれた人々がいてくれて。警備員と妄想とが物事を見つけようとして殺到する誰をも押し留めていた。ものすごい喪失感と混乱の中でも、人々をケアしようとか、何か努力しようという係員はまったくいないように見える。今でもまた、ワールド・トレーサー・サービスはわたしのフライト・ケースがどこにあるのかについては「情報なし」のままだ。もう、私はそれを家に持ち帰ってきているというのに。私はそう入力した!

 クリスマスは旅行者の時期だ。私はイージージェットの列に並んでいるときにコソヴォから来たという男性と話しをした。彼は婚約者のスーツケースを見つけにきたのだという。彼は前日誤って見た目そっくりのものを取ってしまい、それを家に持って帰ってしまったのだという。彼は必死にそれを正しいものと交換したいと願っていた。イージージェットの係員たちは荷物の返還は受けられないと言い、ラベルを剥がしてしまった。それは唯一残っていた本当の持ち主のための希望の光であったのに。私たちは一緒にバゲッジ・ホールへと入っていった。彼にはまったく運がなかった。そこでは、私はま別の音楽仲間と出会った。発明家でもあるヘンリー・ダッグだ。彼もまた自分のバッグを探していた。ダブリン行きの便がキャンセルになったのだという。もう少し時間を遡ると、私は、間違ったチェック・インの列に並ぶように言われたアフリカ人の家族とも話しをした。彼らはコペンハーゲンの親戚を尋ねるはずだったクリスマス旅行を失ったばかりだった。そして自分たちがその便に間に合うようにそこに来ていたことを証明することができそうになかった。

 私はその日の空港での殺伐としたたくさんの人々を後にして、疲れ果ててはいたが幸せな男として家路に着いた。私は家族、友人そしてファンのネットワークに永遠に感謝する。彼らの、私の音楽的キャリアに対する継続的な支援に対して。それは二重に素晴らしいことだ。誰か私の知らない人が、助けを必要としているときに、そうするための余計な距離を行く用意が提供されたのだ。そんな助けなしには、私の家族と私は、こんな素敵なクリスマスを迎えることは出来なかっただろう。

 後で、私はいくつかの事柄を思い出した。ジャンニは、彼とエリックが電話越しにヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーターの曲を一緒に歌ったと言っていた。しかし、ジャンニはそれがどの曲だったのかを覚えていなった。私がエリックと話をしたときにエリックは、それが『ザ・リースト・ウィ・キャン・ドゥ』からの「ダークネス」だったと言っていた。音楽は人々をつなぐのだ!

                2010年12月24日 デヴィッド・ジャクソン

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by invox | 2011-01-03 12:19 | ■Music