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Official inVox Blog; Watched, Read and Listened in my real life.

カテゴリ:■Arts( 69 )

「ウィリアム・ブレイク版画展」国立西洋美術館

e0006365_10174723.jpg常設展(中世末期から20世紀初頭にかけての西洋絵画とフランス近代彫刻)の後半で、常設展の順路とは独立した展示ルームで同時開催されていたのがウィリアム・ブレイクの版画展。これまで様々な書籍の中の写真でしか見たことがなかったブレイクの版画を実際に見ることができるとは思っていなかったので、これ見たさに常設展も全部見たのだ。

展示の中心だったのは「ヨブ記」。そして数は少なかったがダンテの「神曲」からの挿絵版画である。それに加えて、展示スペースの最後にはブレイクが影響を受けたとされる版画作家の作品が展示されていた。なるほど、確かに影響を見て取れる。

e0006365_1018913.jpg「ヨブ記」では、これまで持っていた印象よりも、ずいぶんと「正統派」を意識した作品だったように思う。それは「挿絵版画家」を生業としようと出版社への売り込みをかけていた時期の作品だったせいなのか、もともとお手本としたものからの影響が強く出ているだけなのか、「神曲」でのような迫力はあまり感じられなかったが、その分、丁寧に作りこまれているように思えた。やはり、ブレイクの版画は大したものである。
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by invox | 2011-11-28 10:18 | ■Arts
「プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影」国立西洋美術館

以前見た映画「宮廷画家ゴヤは見た」でゴヤという画家に興味を覚えた。今回の展示会は、その興味が失せる前で、とてもタイミングが良かった。

「着衣のマハ」「裸のマハ」が並んでいた。「マハ」というのが当時の流行に乗っかった、下町で自立して小粋に暮らしていた若い女性の総称であったというのは今回初めて知った。ちなみに男性の場合はマホと言っていたらしい。

e0006365_10214890.jpg展示されていた作品数は多く、それぞれ見ごたえのあるものも多かった。友人とやりとりされた書簡の一部も紹介されていたが、宮廷画家として人気絶頂だったころのものは、若者特有の「鼻持ちならない自慢」があったりして微笑ましかった。ナポレオンによる征服とそれに続くスペインの内乱の時代を生きたゴヤだけに、様々な作品が強烈にそれを反映している。オーソドックスな構図/描写の典雅なものから怖気をふるいたくなるものまで。一見の価値はあるだろう。
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by invox | 2011-11-27 23:05 | ■Arts
「モーリス・ドニ展」損保ジャパン美術館

ピーター・ハミル来日公演の合間に、同じくPH公演を見に来たお二方と見に行った。これまであまり強い印象はなかった画家だが、単独での展覧会は初めてだった。油絵とは思えない色使いやタッチが強く印象に残った。写実的な描写を敢えてぼかした様な人物の顔が特に印象的だった。

絵のテーマとなっているのはほとんどが子供、もしくは子供とその母親、姉妹といった感じで女性がほとんどだったように思う。途中に家系図も出ていたが、二人の奥さんとの間に、とても大きな家族を生み出している。絵画には孫まで登場するので、身の回りには常に子供たちがいたのではないだろうか。というか、そういう状態になるように努力したのではないだろうか。あきれるほどの子供好きが作品に現れている。

ほとんどの作品で見られる顔のぼかしだが、これはどういう意図があったのだろうか。もちろん、印象派的な手法だと言えるが、顔を精緻に描くことが下手だったわけではないようだ。ぼかされたその下にはとてつもなく写実的な描写が見て取れるからだ。ドニにとっては、もしかすると「個人」は必要なかったのかもしれない。「こども」がいれば、それが「だれか」というのはあまり問題にならなかったのではないだろうか。ましてや大人は、誰であろうが関係なかったのではないだろうか。ふと、そんなことを考えさせられた。
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by invox | 2011-10-10 15:52 | ■Arts
「レンブラント 光の探求/闇の誘惑」 国立西洋美術館

現在は既に上野での会期は終了し、名古屋市美術館にて、6月25日(土)~9月4日(日)の日程が予定されている。

レンブラントの印象は、光と影を巧みに表現した絵画、というものだった。実際にはかなり暗めの画面の中で人物なり何なりがある方向からの光を受けて印象的に浮かび上がる、という感じだろうか。その印象を持ったまま、その印象にそう作品を多数期待していたのだが、展示会ではむしろ、単色の版画がメインと言っていいものだった。そこは少し肩透かしを食った気分だ。だが、版画で、しかも金属版画でもこれだけの陰影表現が出来るのだ、というのは確かに驚きだった。

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油彩の印象がこれだけ強い画家が実は油彩よりも版画にこだわっていたというのは一体どういうことだったのか、というところにこだわってこの展示会を見るのも一興だが、個人的にはやはり油彩をもっと沢山見たかった、というのが本音だった。今回は私の知っている作品は一点もなかったのでかなり新鮮な感覚で見ることが出来たが、作品を見る上でひとつ気になったのは、版画はその特質上、ディテールをぼかすことが苦手だということに起因するのであろう「漫画化」。現代の我々は、これまでの長い美術の歴史の積み重ねの上にスタート地点を置く漫画を数多く目にしている。あるいは、作品の中で多くの美術作品が引用されたり、パロディとして登場していたりもする。そのことが、古い作品を見たときに、どうしても「漫画で先に見たことがある」印象を持ってしまう作品があるということに繋がってしまう。版画では特に「線」による描写がほとんどだ。それはつまり、漫画と同じ技法を用いていることが多い、ということなのかもしれない。だが、それでもレンブラント。見た後の印象は素晴らしいものだった。見ておいて損はない。
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by invox | 2011-06-20 12:44 | ■Arts
「シュルレアリスム展」(国立新美術館)
―パリ、ポンピドゥセンター所蔵作品による―


すでに会期は終了したが、フランスの美術館の所蔵品から抽出された作品で構成された展示会だ。だから、そこには「フランス」が隠れている。展示された作品には多くのフランス外のアーティストの作品も多いのだけど...。もちろん、最初に意識して「シュルレアリスム」という言葉を用いたグループはフランスで活動していたのだけれど。展示会にはその有名なブルトンの「宣言」や文章が多数引用してあった。ひとつの運動として作品群をまとめて展示した形をおおよそ取ってはいたのだろう。最後の方ではその活動が終演した後の、そのジャンルの延長線上にあると括られがちな作品が展示の中心となっていたが。

全体をつらつらと見ていったのだけど、おおよそ時間軸に沿った展示方式が取られていた。最初の方は、どの作品を見ても、今となってはパッとしない印象を受けた。強く感じたのは、この時代は手法・技法が表現の求めるレベルに達していなかったのではないかということ。なので、多くの作品からは「もどかしさ」、「挫折感」を感じてしまった。本当はもっと表現したいものが高いレベルにあるのに、描いていくうちに、どんどん目標とのギャップばかりが意識され、しかし、これ以上手を加えることは、ますますそこから離れていってしまうことになるぎりぎりののところで「完成」させてしまった作品達、という印象だった。それはそれで、未完成の魅力というか、荒削りな魅力、もしくは「可能性」を感じさせる魅力という楽しみ方が出来る。もっとも、既に私達は、その後の時代に出てきたものですら「過去の作品」として「知って」いるので、何を目指していたのかというのが透けて見える場合もありうる。果たしてその時、そういった作品を見て、私はどう感じるのだろうか。

展示作品は、途中から手法・技法が表現衝動に追いついてきたなぁという印象に変わっていった。そうなってくると今度はアーティスト自身の持っているものが個々の作品の差として見えてくる。これは面白い。そうなってくると、見るほうとしても「好き、嫌い」でモノが語れるようになる。あるいは「自分に合う、合わない」で。そこに至って初めて自由な表現が出来ると言っても良いのかも知れない。

初期のシュルレアリスム作品は、現在のシュールとかシュールリアルという言葉の与えてくれるイメージとは裏腹に、執拗に「具体的な意味」をその作品の中に込めようとしているように見えた。自動書記という概念は言ってみれば「降りてきた」状態を指していたのかもしれない。作家であれば「言霊」と言えるが、美術ではよく「ミューズ/ムーサ」が降りてきたという言い回しがあったのではないだろうか。シュルレアリスムでは表現衝動それ自体が作品を自動的に定義している、その作品がどのような作品となるのかは表現衝動によって自動的に決まると考えたのかもしれない。それにしては、初期の作品は、ぐちゃぐちゃな中に意味を持たせるべき形象を無理やり入れ込んだような印象を受ける。つまり、印象を受けた/表現衝動の元となった具象を見る人が分かるようにしたかったのではないだろうかという印象なのだ。まじめだったんだなぁ。

途中2箇所で白黒の映画が上映されていた。2箇所とも、直角に交わる壁面を用いてそれぞれに違うフィルムを映し出していた。そのうちの一本は「アンダルシアの犬」だった。ということは、これらの作品はそれぞれ単独の作品であり、2つの作品を同時に映写してみるようには意図されていなかったのではないだろうか。どのような意図を以ってこのような上映方法を取ったのか少し気になった。

解説に拠れば、ブルトンが宣言を出した当初のシュルレアリスム運動とは「偶然性、夢、幻想、神話、共同性などを鍵に、人間の無意識の世界の探求をおこない、日常的な現実を超えた新しい美と真実を発見し、生の変革を実現しようと試みるもの」だったとか。デュシャンやダリ、マグリットといったアーティストの作品を見ると、既存のものを既存の用途とは異なる用い方を想起させるような配置や組合せ、形や色で、その存在と意味を切り離そうとしていたように見える。それが「無意識」をかき混ぜることになるかのように。本当にそうだろうか?と最近思うようになってきた。

出展作品のアーティストたちを挙げておこう。錚々たる顔ぶれだ。これまで知らなかったアーティストで今回気になったのは、ユディト・レーグルだろうか。

アーウィン・ブルーメンフェルド
アーシル・ゴーキー
アルベルト・ジャコメッティ
アンドレ・ブルトン
アンドレ・マッソン
イヴ・タンギー
インジヒ・ハイスラー
ヴィクトル・ブローネル
ヴィフレド・ラム
ウィルヘルム・フレッディ
エリ・ロタール
カミーユ・ゲーマンス
クロード・カーアン
サルバドール・ダリ
シモン・アンタイ
ジャクソン・ポロック
ジャック=アンドレ・ボワファール
ジャック・プレヴェール
ジャン・アルプ
ジャン・ドゥゴテクス
ジョアン・ミロ
ジョゼフ・コーネル
ジョセフ・シマ
ジョルジョ・デ・キリコ
ドラ・マール
ドロテア・タニング
パブロ・ピカソ
ハンス・ベルメール
ブラッサイ
フランシス・ピカビア
ヘルベルト・バイヤー
ポール・デルヴォー
マックス・エルンスト
マックス・モリーズ
マッタ
マヌエル・アルバレス・ブラボ
マリー・トワイヤン
マルセル・ジャン
マルセル・デュシャン
マン・レイ
ユディト・レーグル
ラウル・ユバック
リュシアン・ロレル
ルイス・ブニュエル
ルネ・クレール
ルネ・マグリット
ロバート・マザウェル
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by invox | 2011-05-22 22:39 | ■Arts
「モネとジヴェルニーの画家たち」Bunkamura ミュージアム

モネの「睡蓮」シリーズは、これまでに何作か目にする機会があった。中にはかなり大きなものを5,6枚、大きな一部屋のなかに並べて展示してあったものもあった。が、残念ながら「睡蓮」連作は私の好みではなかった。

e0006365_9361381.jpg今回の展示会では、彼の住んだジヴェルニーの地図や写真などもあり、また、同じ村に集い来た多数の画家達の描いた風景画なども多くあり、思いのほか楽しめるものであった。これは、という特別に気に入った作品はなかったのだが、割と良いなぁと思った作品がたくさん出てきたのにはわれながら驚いた。一つの作品の中での印象派的なものと写実的なものとのバランスが私の好みに合ったのかもしれない。

e0006365_9363562.jpgそうは言っても、出場後の物販コーナーには、これと言って買い求めたい絵葉書がなかったのは残念だった。それにしても、ジルヴェニーに集まったが形の七割がアメリカ人だったというのも意外だった。モネと言うといかにもフランス、オランダ的なイメージが強かったので、そのモネの影響を受けた画家達の多くがアメリカ人だったというのが不思議だった。だが、作品に見られる明るさや開放感は、モネとは少し違った方向性を持っているというのは当然として、自然光の解釈が少し異なっているように感じたのは面白かった。
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by invox | 2011-01-26 09:36 | ■Arts
マン・レイ展」東京=国立新美術館
大阪=国立国際美術館

e0006365_16668.jpgすでに終了してしまっているのだけれど、やはり、ちょっと書いておかないと見たことすら忘れてしまいそうなので。とは言え、今は大阪での開催の真っ最中。強ち遅いとも言い切れないだろう。

マン・レイ。これまでは正直名前しか知らないレベルで、たまに写真などを見たことがある程度だった。今回の展覧会では、有名なポートレートがたくさんあるのはもちろんだが、写真以外の展示もそれなりにあって、マン・レイという人がどういう作品をどういう流れで作成してきたのかがざっくりと分かるようになっていた。

e0006365_1662888.jpg実際、マン・レイがマルセル・デュシャンと交友が深かったというのも初めて知った。なるほど、どうりで、なにかしら通じる感触がある作品があるわけだ。デュシャンを始めとして、作品の記録写真を撮る写真家、ポートレートを撮る写真家としてもいろんな芸術家たちとの交流があったというのも初めて知った。そういう側面を知って改めて作品を見てみると、面白みが増してきたのも事実だ。実験的な映像作品も複数上映されていたが、今となっては古臭い手法を用いたもので、陳腐とさえいえるものが多かったのは時の悪戯だとしか言えないが...。

e0006365_1664414.jpgただ、一番面白いと感じたのは、実は会場の最後の部屋で上映されていた短編のドキュメンタリー映画だった。マン・レイのことを語る妻ジュリエット、という体裁で製作された映画は、どの作品よりもマン・レイの作品を雄弁に物語っていたような気がする。

最新情報は少ないながらもマン・レイ展 公式ブログにて見ることが出来る。
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by invox | 2010-10-03 16:06 | ■Arts
「ドガ展」横浜美術館

e0006365_0302496.jpgEdgar Degasという名前なんだ、とまず思った。ポスターになっている「エトワール」は、思いのほか小さい画だった。もう少し大きなものを創造していただけに拍子抜けだ。全体として肖像画、踊り子(バレエ)に競馬、浴婦といった大きなテーマが追求されていて、それはそれで面白いのだが、これといった作品にはめぐり合わなかった。なので、いつもなら購入するポストカードもパスさせてもらった。ちょっと、なんだかなぁ~という印象。

ドガの父親を描いたこの絵では、ギターで弾き語る歌手が描かれているが、父親はわりと音楽好きだったようだ。自宅にミュージシャンを招いて演奏を間近で楽しんでいたところを描いたのだそうだ。

e0006365_0393975.jpg一方、併開している「横浜美術館コレクション展」の方も覗いてみた。こちらには様々な作品が多く展示されており、ある意味、ドガ展よりも平均的なレベルが高かったのではないだろうか。シュルレアリスムの集中的な展示もいつものように良かったが、そのほかの作品もとても見応えがあった。
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by invox | 2010-10-02 00:30 | ■Arts
ナポリ・宮廷と美―カポディモンテ美術館展」~ ルネサンスからバロックまで 国立西洋美術館

4月に見たオザンナの出身地ナポリ。そのナポリの代表的な美術館の出張展覧会ということで、上野の国立西洋美術館へと足を運んだ。ナポリと言うと、イタリア中部、ローマよりちょっと南寄り、人間の足で言うと向う脛辺りにある港町、民謡の宝庫、陽気な色男たちがにこやかに歩く街というイメージだ。そこにある美術館らしいがこれまで名前を聞いたことがなかった。ブルボン家のカルロ7世(後のスペイン王カルロス3世)が建てようとした宮殿がその後美術館となったとのこと。そもそもカルロ7世は、この宮殿に、母方のファルネーゼ家の所有していた膨大な美術品を収容、展示することを念頭において設計させたというのだから、美術館として建てられたような建物になっている。

ファルネーゼ家が台頭してきた15世紀から収集されたルネッサンスやバロックの絵画が多く展示されていて、画風的には結構嫌いではない。ただ、人物の体のバランスがかなりいい加減な作品が多い。技法的にはまだ未開拓な時代だったのだろう。

最も印象に残った、というよりも、えぇ~っと思ったのが、ジョルジョ・ヴァザーリの《キリストの復活》。この絵、どう見ても、何度か見てみても、キリストが「イェ~イ!」とやっているようにしか見えなかった。他の人々が倒れて死んでいく中を、自分だけが復活し、周りの人々を踏みつけて、軽やかに逃げ出していくように走っていくキリスト…。それを恨めしそうに見つめる人たち。いえ、たまたま私にはそう見えてしまった、というだけの話なんですが

e0006365_23145215.jpgポスターに使われていたせいもあるだろうが、最も印象に残ったのはパルミジャニーノの《貴婦人の肖像(アンテア)》だった。大きさのインパクトもあるだろうが、描かれた女性の表情や視線の強さがとても印象的だったのだ。

それから、マグダラのマリアを題材とした絵が複数あったのだが、一つ、「悔悛するマグダラのマリア」という絵のタイトルが気に入らなかった。何故かと言うと、隣に同じ画家の描いた「祈りを捧げる~」というようなタイトルで男性の肖像画があったのだ。これら二つの作品を見比べてみると、どちらも「涙を流しながら、点を見上げて祈りを捧げている」構図である。どう見ても対になっているのにも関わらず、マグダラのマリアの方だけが「悔い改める」というようにタイトルが付けられているのはなぜか? マグダラのマリアの位置付けを低くして定着させようという当時の教会の方針が圧力となっているように見えるようなタイトルだ。絵は結構良いだけに残念だった。
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by invox | 2010-09-18 23:13 | ■Arts
「ベルギー王立美術館コレクション ~ ベルギー近代絵画のあゆみ」
損保ジャパン東郷青児美術館

先日の「ベルギー幻想美術館展」と併せて見たかったのがこちら。新宿の高層ビルの42Fという立地からか割と人が少ないので気に入っている損保ジャパン東郷青児美術館での開催。

出展されている作品は、必ずしもベルギー人のものとは限られていない。かなり強い影響を持っていたフランスの作品も少なからず含まれていた。例えばルノワールなど。資料として掲示されていた年表は、フランスとベルギーの流れを左右に並べ、それぞれの動きがどのように関連していたかが分かるように矢印や言葉で解説されていた。

e0006365_1933393.jpg知っている画家と、知らなかった画家の作品と、知っていた画家の知らなかった作品。これらの組み合わせのなんと面白いことか。喧伝されることのない作品の持つ「地味さ」は、決して作品の味わいを落しはしないし、むしろ創作活動の奥深さを感じさせるものとなっていた。アンリ・ド・ブラーケレールという画家は初めて知ったが、面白かった。一方であまり面白みを感じられなくなっていたのは直接的に印象派的な作品。一方で点描技法を発展させた作品の中には面白いものもあったが、それは、写実主義的な手法と印象派的手法の組み合わされたものという私にとっては意表を突くものであったからだと思う。アルベルト・バールツン「ゲントの夜」は特に気に入った。

この展覧会は、すでに、山梨県立美術館(終了)、鳥取県立博物館(終了)と開催され、現在は、11月29日(日)まで 損保ジャパン東郷青児美術館(新宿)で見ることができる。その後、名古屋にて、12月12日(土)~2010年2月14日(日)の期間、松坂屋美術館で開催されることになっている。東京会場では、常設のゴッホ「ひまわり」なども見ることができる。
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by invox | 2009-10-25 19:03 | ■Arts