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Official inVox Blog; Watched, Read and Listened in my real life.

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e0006365_23505360.jpg監督は知らない人だ。アル・パチーノもそれほど知っているわけではない。なのになぜ見たのか、予告編に釣られたのだ。もともとシェイクスピアの作品はまともに読んだり見たりしたことはない。ロミオとジュリエットの映画は見たし、マクベスも見たが、本では読んだことがない。シェイクスピアの作品はほとんど知らないと言ってもいいくらいだ。

e0006365_23512818.jpg興味はある。興味は常にあった。だがなかなか手を出せずにいる。なのに見た。面白い。話の要約はいろんなときと場所で耳にしていたので知っている話だ。でも登場人物のキャラクターや、ストーリーの詳細は知らなかった。





e0006365_23515697.jpgシャイロックがよかった。ポーシャもいい、ジェシカもよかった。アントーニオが後半にいくにしたがってキャラクターを失っていくのと対照的にポーシャが出てくる。ジェシカは最後どういう気持ちだったのだろうか、と思わせるエンディングだった。久々の文芸大作である。
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by inVox | 2005-11-30 23:52 | ■Cinema/Movie
e0006365_23303559.jpgずっと気になっていたのだが、読んだことが一度もなかった作家である。山田正紀という作家。何が気になっていたのかというと作品のタイトル。かなりの作品のタイトルが引っかかってくるのだ。で、とうとう買ってしまったのがこれ「神狩り」。どうやらデビュー作のようだが、読んでみてちょっと考えてしまった。もし、この作品を10代の頃に読んでいたら影響は大きかったに違いない。今読むと若書きだなぁ、という部分が多い。それは作者自身もそう思っているのではないかと思わせる解説を2002年に作者自身が書いている。
さて、ここで悩むのはもう一冊読んでみるかどうかだ。本作はハヤカワのJAシリーズであることからも分かるようにジュブナイルといっていいだろう。では他の作品はどうだろう?小松左京や光瀬龍と同じくらいの手応えを感じさせてくれるのだろうか?
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by inVox | 2005-11-29 23:30 | ■Books
"DUMA"

e0006365_17283388.jpgアフリカの野生のチーターの赤ん坊をもし飼うことになったらどうなるだろうか。単純にそんな疑問からこの映画を見ようと思ったのだ。映画欄での紹介は「ファミリーアクション」だったし、子供が主人公だったから、子供向けの軽く楽しい作品だと思ったのだ。

だが実際にはこの映画はロードムービーと言ってもいいくらいのものだった。もちろん、子供が精神的に成長していく過程を見せているのだから本質的にロードムービーとならざるを得ない側面も持っている。映画のほとんどは旅の場面だ。アフリカの荒野を若い野生を知らないチーターと父親を失い都会の学校という新しい環境になじめない少年、それに途中から一旦は社会からはみ出した大人の男。その三者の成長の物語が綴られていく。こういうのに弱いんだな。

e0006365_1731963.jpgタイトルになった「ドゥーマ」とはチーターのスワヒリ語だとのこと。残念なことにパンフレットも製作されていないという。輸入盤でサントラを探してみようか。エンドタイトルに重ねられた歌はPeter Gabrielだったのだ。

e0006365_17301574.gif原作となった本は邦訳が出ている。『ぼくのともだちドゥームズ』(BL出版刊)というのがそれだ。主人公の少年とその母親の共同執筆という形になっている。これは母親にとっても、夫を亡くしたばかりで都会で仕事を始めて息子を育てなければならない、といった方向転換を余儀なくされた状況から息子がいなくなったことで再び元の農場を再開する決心をするという葛藤がきっとあったであろうことを推察できる映画のラストシーンからちょっと興味が湧いている本である。

本当は、チーターの赤ん坊がかわいかったので見たかったのだ。猫族としては絶対に見逃せないな、と。エンドクレジットで驚いたのは大きくなっていくドゥーマを演じるために登場した役者チーターは5匹もいたことだ。その数に驚いたのではない。そんなに人に懐いているチーターがいたことに驚いたのだ。俄然飼ってみたいという野望が…。
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by inVox | 2005-11-27 17:30 | ■Cinema/Movie
このKate BushというアーティストもPeter Gabrielと同様に良質な作品をポツリポツリと発表するので追いかけていくうちに深みに嵌ってしまう人だ。作品数が少ないことが、妥当というレベルを超えて伝説化や神格化を起こしたりしているのも同様かもしれない。そんなKate Bushの新作がやっと出た。12年ぶりだというが、個人的にはそんなに長い時間がたったという感じがしない。その点でもPGと同じなのだ。私の中では。

"Aerial" Kate Bush

Part One: A Sea of Honey

e0006365_1535866.jpg1. King Of The Mountain
2. π
3. Bertie
4. Mrs. Bartolozzi
5. How To Be Invisible
6. Joanni
7. A Coral Room

Part Two: A Sky of Honey

1. Prelude
2. Prologue
3. An Architect's Dream
4. The Painter's Link
5. Sunset
6. Aerial Tal
7. Somewhere In Between
8. Nocturn
9. Aerial

アルバムは2枚に分かれているが、トータルで80分ちょっと。1枚のMDに入れるとちょうどぎりぎりいっぱいだ。2枚目の頭が鳥の鳴き声を使った特徴のある曲なので、どこまでが1枚目でどこからが2枚目なのかを間違うこともない。で、1枚目が「海」2枚目が「空」である。しかも「蜂蜜の」?

最初の印象は、Peter Hammillの90年代の静謐な作品群に通じるものだ、というもの。何と言うのか、静けさの中に奥深いものがあり、それが何なのか分からない。海のディスクでは大海原を行く帆船のイメージが湧く。昼間の波高い時もあれば、夜の月光の降る中風もなくただ波間をゆっくりと流されていくようなイメージも。「空」のディスクでは上下方向の動きを強く感じさせる。もちろん横の動きもあり、それらが立体的に組み合わされて空中を飛んでいるかのような錯覚に陥る。

共通しているのは、「動いている=止まっていない」という感覚と、実体が身体のような枠の中に「固定されていない=ある大きさの中に閉じ込められていない」つまり自分自身の大きさが変化する感覚。それはまさしく風のように、気流のように地球の周りを動いている、世界を包んでいる大気のイメージだ。もちろん、タイトルの言葉によって先入観が与えられている。しかし、だからといってタイトルどおりのイメージを音楽がいとも簡単に与えうるかということは断じてない。人間は言葉(あるいは言葉のもつ『意味』)で想像力を制限する動物だが、音楽は音であるがゆえにその制約を越えていくことができる芸術だ。

e0006365_15471968.jpgKBの初期のアルバムのようなエキセントリックな刺激は少ない音楽だ。しかし、「愛のかたち(Hounds of Love)」以降のアルバムを聴いてきた中ではもっともストレートに自分の中に入ってきたアルバムだ。私のお気に入りは「愛のかたち」であり、それがもっとも「男性的」なアルバムかもしれないと思っている。今回の「エアリアル」は「愛のかたち」とはまったく異なっている。よりシンプルな構成の楽曲も多く、その分「うた」が際立っている。だから、彼女が映像作品にこだわりを持っていることも知っていながら、このアルバムからのシングルカットである「お山の大将(King of the Mountain)」はビデオ・クリップよりも音楽だけの方が気に入っている。
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by inVox | 2005-11-27 15:34 | ■Music
e0006365_22424447.jpg先に触れた「ラブクラフトの遺産」の中で「大いなる"C"(Big "C")」という作品を上梓していた作家ブライアン・ラムレイの人気シリーズの初期作品を中心とした短編集。とはいえ、ラブクラフトのクトゥルー神話からの援用を用いながらもオリジナリティの高い推理小説的な側面を多分に持ちつつ、幽霊譚や恐怖小説でもある、という不思議な作風だ。解説によれば後にヒロイック・ファンタジー的な長編作品へと展開していくシリーズのようだが、今のところ訳出されているのはこの短編集が最も入手しやすいもののようだ。同じ創元推理文庫から長編のタイタス・クロウものが近刊として予定されているらしいが、そちらも楽しみである。
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by inVox | 2005-11-25 22:42 | ■Books
諸星大二郎のことは、長いこと忘れていた。大学時代に読んだいくつかの作品はそれなりに強烈な印象を与えてくれたはずなのだが、就職後、なぜか作品に触れる機会がないまま15年以上が経ってしまった。この映画は、その諸星大二郎の代表作のひとつである「生命の木」の映画化だという。タイトルは「奇談」。なにやら「怪談」を連想させるタイトルではある。
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原作の漫画を読んだことがあるはずだが、完全に忘れていた。だからこの映画が原作にどの程度忠実なのかは分からない。しかし、この映画は諸星大二郎の世界そのものだ。いや、見てよかった。阿部寛が主役の一人として出てくるので、彼の強いキャラクターが邪魔をするかもしれないと心配したが、杞憂だった。むしろ彼の稗田礼二郎は適役かもしれないが、演出上あまり強烈な印象は与えることはなかった。やはり若い女性の主役がいるとそうならざるを得ないのだろうか。

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キリスト教にからんだ小説が世界的にはやっている。しかも異聞ものばかりが。聖書の研究が神学的な観点でも、考古学的な観点でも、人類学的な観点でもそれぞれが進んできた、ということだろうか。小説版聖書というものから、フィクションまで幅広い作品が売れている。この映画の元になった「生命の木」という漫画は1974年か1975年に発表されている。もちろん、昨今の流行とは無関係だ。日本でのキリスト渡来説や復活説などもまだまだ出ていなかったのではないだろうか。そんな中で大胆なルシフェルの設定などは恐れ入る。デビルマンとは違った形で神話的異界を見せてくれる作品だ。今年見た中でも屈指の作品である。
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by inVox | 2005-11-23 14:13 | ■Cinema/Movie
コンテンポラリー・ミュージック、という言い方が定着しているのかどうかよく分からないが、ぶっちゃけて言えば「現代音楽」のことだ。字義的には現代のリアルタイムに創作された音楽であればすべて対象となるはずなのだが、狭義の定義はクラシックから派生した「現代音楽」はかなり狭い範囲を指す言葉だというイメージがある。そこで登場したのがこのカタカナ言葉なのかもしれない。日本語の不思議なところで、同じ言語でも漢字の訳語で表記するか、そのままカタカナで表記するかで印象が異なるのだ。「ミステリー」と「推理小説」が違うニュアンスで使い分けられているのと同様に「現代音楽」と「コンテンポラリー・ミュージック」も使い分けられる傾向がある。もっとも、これらの言葉を使っている人口自体少ないのでその使い分けについてはかなり曖昧で、定着していない。まだまだイコールで捉えられているケースも多い。

さて、この現代音楽の領域で活躍する演奏家、作曲家の中にはロック・ファンにとってもなじみのある名前がいくつか登場する。シュットックハウゼンやスティーヴ・ライヒ、ジョン・ケージ、あるいはテリー・ライリーといったところは馴染みの深い名前であることだろう。あるいはフィリップ・グラスなどはむしろロック・ファンの方が多い可能性すらある。

日本の現代音楽のミュージシャンにおいてもロックを好きな人はいるようだ。usami氏のブログでその名前を知った黒田亜紀(piano)神田佳子(per)という二人の女性プレイヤーは黒田さんの3枚目のアルバムとなる「タルカス&展覧会の絵」というアルバムで楽曲のサンプルも聴いたがusami氏の紹介がなければ私は出会うことがなかったかもしれない。実を言うとキース・エマーソンあるいはエマーソン・レイク・アンド・パーマーはあまり好きとは言えないしアルバムも一枚も持っていない。しかし中学生の頃にはFMラジオで何度か聴く機会があったし、「展覧会の絵」はアルバム丸ごとエア・チェックしたテープで聞いていたこともある(そうそう、ザ・ナイスのアルバムは持ってました)ので、サンプルを聴いた限りにおいてもなかなか面白そうだというのはよく分かった。黒田さんはどうも関西ベースの活動のようだが、次の生演奏は12月17日の第2回 ヤマハグランピアコンサートにゲスト出演するものらしい。

e0006365_1222185.jpgところが、この同じ12月17日(土)は、東京でも重要なイベントがあるのだ。それは先に見に行った鈴木生子さんが出演する「Continental Continuo~ヨーロッパと日本の現在の潮流から~」と銘打たれたアンサンブル・コンテンポラリー・アルファによるリサイタル・シリーズのひとつだ。この音楽家団体アンサンブル・コンテンポラリー・アルファには、先述の黒田亜紀さんと神田佳子さんも所属しているというのだから面白いではないか。俄然興味が湧いてきやしないだろうか。
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鈴木生子さんは、昨年突然VdGGのデヴィッド・ジャクソンの公演に参加し、オープニング・アクトとしてのみならずデヴィッドのステージでも堂々たる演奏を見せて・聴かせてくれたのが記憶に新しいが、本人のレパートリーにはストラヴィンスキーをはじめ、より複雑でスリリングな現代音楽の作品が並んでいる。また、本人はパティ・スミスやエルビス・コステロなどのポピュラー・ミュージックも好きなようだ。これもまた面白いと思う。一見あまり関係のない音楽もこういう形で出会うことがある。聴くだけの人間と演奏する人間とでは多分音楽の聞こえ方は違っているだろう、というのが私の個人的な意見だが、まったく違う音楽を演奏するミュージシャン同士が仲がよかったりするというのもよくある話で、そういった形での音楽の出会いというのはさらに面白いものを生み出していっているに違いないと考えている。
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by inVox | 2005-11-20 12:22 | ■Music
e0006365_1221499.jpgプンダリーカ・ライブ 11月17日(木) という、経王寺(都営大江戸線牛込柳町)の本堂で小規模なPAを用いて行われたイベントに出かけてきた。ステージはご本尊をバックにした形で奏者を見るとどうしても仏壇というか、普段住職がお経をあげているであろう場所が見えざるを得ない。これはちょっと面白い経験であった。こちらに与える心理的な影響、雰囲気、という意味でね。

「プンダリーカ」とはサンスクリット語で「蓮の花(蓮華)」のことだそうだ。仏教で蓮華と言うとお釈迦様の坐像でお釈迦様が座っているのがこの蓮の花で、通称「蓮華座」というはずだ。住職の説明によれば、蓮の花は仏教の教えの象徴で、有象無象を包含する泥水の中からとてもきれいな花が咲くことが、人が仏教の教えを助けに目指すべき境地であるらしい。そんな話を聞いた後でライブが始まった。

最初は、お目当ての鈴木生子さんが出てくる語りとクラリネットのコラボレーション。語りの原洋子さんはHPも持っており、そこでこのイベントについての簡単な紹介があるので興味を覚えた方は見てみると面白いかもしれない。このステージでは、まず最初にクラリネットとはどんな楽器か、というのも紹介する意味合いを込めての選択ということで、「猫とクラリネット」というタイトルの絵本が選ばれたという。クラリネットの音を聞くと体がどんどん大きくなっていく猫とクラリネットを吹くのが好きな青年の話。どんどん大きくなって飛行船のように空を飛んでいくようにまでなるというのだが、げっぷはクラリネットの音のように聞こえる…。話そのものは単なる夢物語だが、クラリネットの音にこんな出し方があったのか、と「猫のげっぷ」のところで思った。

e0006365_1223876.jpg続いて、鈴木生子さんによるクラリネットとバス・クラリネットという楽器の紹介を兼ねたソロ・パフォーマンス。ストラヴィンスキーの「クラリネットのための三部作の一番最後の部分」と、イタリアの作曲家Davide Zannoniの「バス・クラリネットのための"Raffa"という曲のほんの一部」。ストラヴィンスキーは、個人的には変拍子(複合拍子、奇数拍子)を用いた、より馴染みやすい作曲家で、キング・クリムゾンをより複雑にしたクラシックの作曲家であると同時に、民族音楽への接近という意味においても親しみやすい楽曲が多い。要するにより庶民的なクラシック楽曲の作曲家だという印象が強いのだ。一方のイタリア人作曲家についてはまったく知識のない人なので、ここで聴いた楽曲が唯一の手がかりである。「ジャズっぽい」という紹介があったものの、単独での演奏ではさほどジャズ的には聞こえなかった。かと言ってクラシックや現代音楽という観点からはリズムやフレージングがよりポピュラー音楽寄りな楽曲であるには違いない。

e0006365_1235754.jpgそして再び語りとの共演。鯨の絵本に鯨を題材とした楽曲。ともに独立した作品を同時に組み合わせてしまおうという試みだが、一歩間違うと「BGM付き朗読」に堕してしまう危険性をはらんだものだ。しかしながら、最初に「猫とクラリネット」を見た限りにおいてはそうなることはないだろうという見通しは立っていた。原さんのパフォーマンスは「語り」であって「朗読」ではない。「語り」は「騙り」に通じるように、聴衆を語り手の作り出す虚構にどこまで引き込めるのかというがそのパフォーマンスにかかっているわけで、原さんのそれは音、表情、身振り手振りといった身体要素をうまく使った効果的なものだった。そこに、決してとっつきやすいものではないクラリネットの演奏が、逆に鯨の鳴き声や動きを模しているかのように聞こえすらする不思議なマッチングを示していたのが面白くもあり、驚かされもしたのだ。もしもこれらを単独で経験していたらどういう風に感じたのだろうか、ということも頭をよぎったが、現実にはこういう形で初めて接したのであり、それがこのパフォーマンスの独立した個性を私の中に印象付けたのは事実である。語りの原さんはブログも持っており、そこに簡単ながら報告が記されているのでご参考まで。

これで第一部が終わり、第二部が始まるのだが、こちらは私の琴線には触れることはなかった。ギタリストは上手いのだが演奏が雑でチューニングも1弦だか2弦が微妙にずれていたように感じた。ピアノはクラシックを習ったのであろうが、打鍵の力がやはり弱く(普通の素人よりははるかに強いのだが)、鍵盤を撫でているだけのように聞こえるときもあった。歌はPAのせいか、歌詞が聞き取りづらく、心に届くことはなかった。もっとも、一番残念だったのは楽曲がどこにでもあるようなジャンルのスタンダードであるのにもかかわらず、「型」を越えていくだけのパワーを持ちえていなかったことだろう。オリジナル作品である意味を感じさせない楽曲だった。聞き流していて気持ちはいいのだが終わったとたんに何も思い出せない、といえば分かってもらえるだろうか。
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by inVox | 2005-11-19 01:24 | ■Music
e0006365_0201315.jpg創元推理文庫から出ているラヴクラフト全集1~7が揃ったついでに、本書「ラヴクラフトの遺産」を購入し読んでみた。いわゆる「ラヴクラフト的なもの」を受け継ぐ作家たちによる本書のために書き下ろされた短編ばかりを集めたアンソロジーだとのこと。

表紙は松野光洋という人による造形によるラブクラフトとなにかを写した写真である。これがなぜかとてもかわいい。これに惹かれて買ったと言ってもいいくらいだ。内容はバラエティに富んでおり、いわゆるクトゥルーものばかりを集めていないところがまたいいのかもしれない。ものすごくモダーンな作品もあり、気に入ったものも数編。残念なことにあまり日本では訳出されていない作家も多く、他の作品を読もうにも無理なようだ。何とかして欲しいなぁ創元社さん。
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by inVox | 2005-11-15 00:20 | ■Books
e0006365_2343758.jpg先日、どこかのデーパトか何かでのチラシに全国名産展のような企画の宣伝が駅弁展とならんで載せられていた。そのなかに「九十九島センペイ」があった。通常なら「せんべ(Be)い」となると思うが、このお菓子は「ぺ(Pe)」である。実際にお菓子そのものも通常のせんべいとは違っていて不思議なものであり、これに類するものをこれまでに見たことはない。どうやら小麦粉で作ったものをせんぺいと呼んでいるようなのだが、煎餅はお米で作るというイメージがあると違和感がある。

e0006365_2344893.jpgそれで実際にはこの九十九島センペイよりも赤い風船ブランドで出しているフィナンシェ「花かご」の方が大好きなのである。特段特徴のあるものではないかもしれないが、これに勝るフィナンシェとはまだ出会ったことがない。いやほんとにおいしいのだ。
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by inVox | 2005-11-13 23:04 | ■Foods/Drinks