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「The Sound of Thunder」ピーター・ハイアムズ

レイ・ブラッドベリの原作は読んだことがないが、ブラッドベリの作品の持っている雰囲気は大好きなので見てしまった。ピーター・ハイアムズ監督の作品で見たことがあるのは「2010」と「タイムコップ」の2本だけ。「エンド・オブ・ザ・デイズ」や「アウトランド」、「レリック」、「カプリコン1」などは見ていない。

e0006365_651484.jpg前半は、あまりにもわざとらしいCGで構成された未来都市の風景にちょっと辟易させられたが、それもまたB級SF映画的なお遊びだと割り切ってしまってからはあまり気にならなくなった。なんかむかしのアメリカ製作のTVドラマを見ているような気分だ。なんというか、アメリカン・コミック的な雰囲気が多分にノスタルジックに全体を覆っている。それは、ブラッドベリの原作の持っているあの独特の雰囲気を映像に持たせようとした結果なのかもしれない。それが成功していたのかどうかは私にはよく分からないが、おそらく、アメリカ人がこの映画を見て感じるものは、日本人がすぐには感じることが出来ない、そういった文化的な違いというものが表れているのではなかろうか。

一時期TVでよく放送されていた「タイムコップ」もそうだったが、時間の壁を乗り越えていくときの映像表現が、空間に波紋のような物を描き、まるで垂直な水面であるかのように人が出てくる、というものになっている。今回は水面が吸い込まれてトンネルとなるような表現だが、基本的な「垂直な水面」的な表現手法は共通している。特に今回は「時間の波」が過去の変化を数度に分けて現在に押し寄せてくるという部分をやはり水の比喩で大津波で表していた。その辺も含めてきっとこの監督は気に入っているのではないだろうか。
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by inVox | 2006-03-31 06:51 | ■Cinema/Movie
「地を穿つ魔」(1974)ブライアン・ラムレイ 夏来健次 訳

e0006365_2225556.jpg邪神ハンター、タイタス・クロウの長編。前半はそれこそ緊張感あふれる展開で、なかなかに引き込まれたのだが、後半、正確にはひースリー教授が出てきてからは、なんだかちょっと物語が遠くなってしまったような感じがした。それは、物語はクロウとドマニーを中心に進んでいたはずなのに、急にその二人が物語の中心から外されてしまったからかもしれない。後半は単に個人の付けた記録を読まされているだけのような印象だ。

だがしかし、物語の失われた求心力は、最後の最後で再び取り戻される。それは主人公たる二人が行方不明になるということによってだ。ここでもシャーロック・ホームズを思い浮かべずにはいられない。別にプロットが似ているとかではなく、主人公の行方不明により、生死が分からなくなってしまうという設定に共通したものを感じただけだ。

クトゥルー神話のラブクラフト以外の長編作品は実はほとんど読んでいない。だからこの辺で手当たり次第に手を出してみるのもいいかもしれない、と解説の文章を読んでそう思った。

あぁ、それから、この版での訳語で "Nyarlathotep" の日本語表記が「ニャルラトホテプ」になっているのには笑わせていただいた。「ナイアルラトホテップ」という表記の方に先に親しんでいたものだから、というのもあるが、「ニャルラトホテプ」ではまるで猫族の神話に出てきそうな名前ではないか!「ニャトゥルー神話」
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by inVox | 2006-03-29 22:30 | ■Books
「光あるうち光の中を歩め」(1887) トルストイ

e0006365_23133346.jpg高校時代に「幼年時代」「少年時代」「青年時代」を読んだことはあったが、「巨匠」ということでどうしても敬遠しがちなトルストイを読もうという気にはなれないものであった。だから代表作である「戦争と平和」や「アンナ・カレーニナ」はいまだに読んだことがない。それなのに、なぜ、今この本を読んだのだろう。キリスト教者としてのトルストイの描く反キリスト者からの非難がこれほどシリアスなものでなければ読まなかったかもしれない。

ここで描かれるのは、キリスト者の姿よりも、反キリスト者の姿が多い。その「半キリスト」たる根拠となっている理屈が仔細に、論理的に描かれている。そのことにトルストイのキリスト教に対する絶対の自信というか、信仰が見て取れるのだ。だからこそ最後に主人公がキリスト教に回心する場面は思いのほかあっさりとしか描かれていない。それで十分でしょ?とでも言わんばかりに。

以前から、キリスト教と仏教にはそれなりに面白みを感じていたが、いまだに宗教としてそれらを見ることができない。宗教となってしまったそれらには魅力を感じないのだ。むしろ、キリストそのもの、仏陀そのものの生き方や考え方に興味がある。なぜなら、彼らは多くを語ることはあっても、それらの言葉を自ら残そうとしたわけではないからだ。残したのは弟子たちであり、本人ではない。

今ならば、自らの考えを残そうとするならば、言葉を文字として書物とするのが一般的だ。いや、それは昔からそうだったのではないか。だからこそ、書物というものの歴史が長いのだろう。だが彼らは残さなかった。キリストの言葉、仏陀の言葉とされるものはすべて伝聞、聞き書き、聞き覚えたものを後から書いたもの、あるいは解釈したものである。その時点ですでに本当の意図は確認できなくなっていたはずだ。そういう意味では、その思想として、プラトンの著作しか残っていないソクラテスもまた同じような例だろう。イスラム教の場合はどうなのだろう。ふと、そんなことを考えた。

多神教のほとんどは、架空の(と思われる)「神々」が登場する「神話」として伝承されていることが多いと思うのだが、一神教の場合は、実在の「人間」が「教祖」として登場し、そこには「神話」が存在しない。仏教は、インド神話と結びついて、多神教の様でもあり、「仏様」ただ一人を信仰する一神教の様でもあり、ちょっと不思議な感じがして、他の一神教よりもほんの少しだけおもしろく思えるのは私だけだろうか。

ちょっと脱線してしまった。まぁこんなことを考えてみるのにおもしろい本であることに間違いない。
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by inVox | 2006-03-22 23:14 | ■Books
"Touch the Sound" (2004)

e0006365_1364445.jpgイギリスのミュージシャンにはいつも驚かされる。なんて奥が深いのだろうか。どうしてこうも沢山の素晴らしい音楽が出てくるのだろうか。世界に影響を与え続けるアヴァンギャルドな反ロックの巨人フレッド・フリスも今もまだ現役で世界の様々なミュージシャンたちとの共演を続けている。そのフレッド・フリスが一緒に出ている、ということもあって、心配半分気体半分で見たのがこの映画「タッチ・ザ・サウンド」だ。宣伝ポスターを会社の食堂で見かけてその存在を知った。

映画の主人公はエヴリン・グレニーという女性パーカッション奏者。過去グラミー賞などを受賞していると言う。しかも耳が聞こえない。8歳の頃から聞こえなくなり出して、最初は補聴器を使用していたようだが、学校の音楽教師が太鼓を直接触ることで補聴器などなくとも音は聞こえるのだということを示して以来彼女は音に触るようになったと言う。e0006365_1372150.jpg

映画の軸は二つ。エヴリンの世界をめぐる音との出会いの旅、パフォーマンスをドキュメントするもの。そしてもうひとつはフレッド・フリスとのレコーディング風景。その合間に挿入されるのがエヴリンの回想と風景。それらが重層的に綴られていく。そして常に中心にあるのは音。たとえ無音の場面であっても、そこには無音という音が存在しているとエヴリンは言う。

音楽を追い求めることは、結局は自分と世界とのかかわりを真正面から見つめなおすことに他ならない。世界を見つめることから目をそらした場合、音楽はただの消費物として次々に自分の前を通り過ぎるだけの刺激物になってしまう。もちろん、世界と対峙することは自分自身とも対峙することになるわけだが、あるがままの自分を受け入れることが出来るか、言ってみれば、ある意味試練でもある。エヴリンは映画の中で、音楽は聴くことに始まり、演奏する者もまた究極の聴き手なのだ、というようなことを言っているが、楽器を奏でる者は自分の中や外の音を楽器を通じて外に出すと同時にそれを誰よりも最初に聴く者でもある。そういう意味で演奏者は聴衆でもあるのだ。しかも最初の聴き手である。

エヴリンは聴覚がなくなっても、他の感覚がそれを補ってくれると言う。何かの器官が機能しなくなっても、それが失われると同時に他の器官がそれを補おうと働き始めるのだと言う。それを彼女は第六感(Sixth Sense)と呼んだ。

■映画「Touch the Sound」 2004年・ドイツ/2006年3月劇場公開

【出演】エヴリン・グレニー(パーカッション)、
    フレッド・フリス(ギタリスト)、
    オラシオ・エルナンデス(ドラム)、鬼太鼓座、ほか。
【監督・撮影】トーマス・リーデルシェイマー

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エヴリン・グレニー(Evelyn Glennie)

英国北部スコットランドで父の農場で生まれ育った。やはり音楽好きだった父の影響を強く受け、音楽の道を志す。おもしろいのは、父は自分と同じタイプの音楽の聞こえ方がしていただろうと言うエヴリンの言葉。母は楽譜に示されたものしか音楽と認めようとせず、エヴリンから見るとそれは音楽を好きだというのとはかなり違っていたようだ。事実理解しあうことがなかったようである。父の農場は兄が継いでいる。この映画のためのロケの二日後に火事を出したそうだが家族は無事だったそうだ。

グラミー賞を2度受賞。オーケストラとの共演や、ソロパフォーマンスで世界中で行い、ビョークとも自身のアルバムの中でコラボレーションしているという。音楽教育活動にも熱心で、ワークショップなどを開いている。2007年来日公演を予定されているというから忘れないようにしておこう。

廃墟に機材を持ち込んでのフレッド・フリスとのレコーディング風景は、幻想的でもあり、無機的なものが廃墟となったことによって有機的な翳りを帯びてくる独特の雰囲気があって、印象的であった。この映画を見て、あらためて、言葉ではなく音で考えるということを彼女が触覚において実践していることの示唆する「考える」「感じる」ということの奥深さを実感として考えさせられた。
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by inVox | 2006-03-21 13:07 | ■Cinema/Movie
「九時から五時までの男」 スタンリィ・エリン

e0006365_16574674.jpg  1. ブレッシントン計画
  2. 神さまの思し召し
  3. いつまでもねんねえじゃいられない
  4. ロバート
  5. 不当な疑惑
  6. 運命の日
  7. 蚤をたずねて
  8. 七つの大徳
  9. 九時から五時までの男
 10. 倅の問題

短編小説ではロアルド・ダールとこのエリンがよく比較される、らしい。ダールも児童文学としての側面しか知らなかったので、ふ~ん、と思うしかないのだが、エリンは面白かった。別にブラックとかエスプリが、とかウィットに富んだ、などと言うつもりはない。単純に面白かったのだ。1916年生まれで、アメリカ人。1950年代に発表された作品を軸に構成されている。

ある小説がある時代の文化を代表するなどとはさらさら思わないが、イギリスでは出てこない味わいはアメリカならではだと思うが、これがアメリカを代表しているとはまったく思えない。でもアメリカ的なものを強く感じる。それは空気なのかもしれない。
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by inVox | 2006-03-18 16:58 | ■Books
21st Century Schizoid Bandの最新作、といってもライブ・アルバムなので新作と言っていいのかどうかという気はするが、とにかくやっと出た。イアン・ウォーレス版のスキッゾイド・バンドのライブである。リリースはバーニング・シェッド、といっても日本の新宿にあるレコード・ショップではなく、ポーキュパイン・トゥリー関連のアルバムやオズリック・テンタクルズ、フィッシュなどのCDを販売しているところです。

内容は2004年のニュー・ヨークでの公演を収録したものでデジパック仕様の2枚組。収録曲は以下のようになっているとのこと。

"Pictures Of A City" (2006) 21st Century Schizoid Band

Disc One:

e0006365_21562796.jpg 1. Pictures Of A City
2. Cat Food
3. Let There Be Light
4. Cirkus
5. Spend Us Three
6. Cadence & Cascade
7. The Court Of The Crimson King
8. Ladies Of The Road
9. Catleys Ashes
10. Formentera Lady
11. Sailors Tale

Disc Two:

1. I Talk To The Wind
2. Epitaph
3. 21st Century Schizoid Man
4. Starless
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by inVox | 2006-03-15 21:56 | ■Music
「ナルニア国物語」

e0006365_22253322.jpgディズニーが作るというので、期待半分、不安半分。原作もすでに読んでから20年近くたっている。ストーリーも登場人物のキャラクターも記憶がおぼろげになってしまっている。そんな中での映画。ディズニー映画は最近はまったく見ていなかったのだが、やはり大学時代に古いアニメーションなどはそれなりに満たし、実写映画の方もいくつか見ていた。「ナルニア」はイギリスの作品。世界大戦当時のイギリスが拝啓にある。アメリカのディズニーがどうその辺を作りこんでくるのかが鍵か。

e0006365_2226896.jpg結果、音楽はものすごくアメリカ的でちょっと勘弁して欲しかったなぁというレベルだったが、作品そのものはそれなりにがんばって作りこんであって、ハリウッド臭さはあまりなく、アメリカ的とは言え、いかにもディズニーらしいものに仕上がっていたのではないだろうか。音楽さえ何とかなっていればもっと素直に気に入ったのだけど、なぁ…。


さて、ディズニーはこれを第7作まで本当に作ることが出来るのだろうか。それだけの興行成績を上げられるのか、ちょっと難しいのではないかと思っている。指輪物語は3部作だったからよかったけど。
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by inVox | 2006-03-14 22:26 | ■Cinema/Movie
「きみの血を」 シオドア・スタージョン (訳)山本光伸

e0006365_23174775.jpg宣伝文句に釣られてはいけない。「エロティシズムに彩られた変種のヴァンパイア小説」という帯の言葉、さらには菊地秀行の言葉として「異形の吸血鬼小説だ」とある。本屋でそんな言葉を見たら買わずにはいられない。だが、今回はスタージョンの小説でネットで入手可能な本、という基準で選ばれたのがこの本だったのだ。宣伝文句は本が手元に届いたときに初めてそんな言葉が踊っていることを知った。

前書きとも、導入部とも付かない変な文章がこの小説を「作り話」だと強調して本編へとつながっていく。そして友人であり軍の上司部下である二人の男たちの往復書簡が始まる。そこに挿入される添付書類という名のもうひとつの自伝的小説。錯綜する一人称の文章は読み手の意識をそれぞれの登場人物の中に誘い込むための誘導装置か催眠薬か。個人の価値観や道徳観の入り組んだ重層的な建造物を設計図を見ながら想像してみるに等しい無謀な感情移入。ジョージ・スミス。ジャッジ・スミスではない…。
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by inVox | 2006-03-13 23:17 | ■Books
「シムソンズ」

e0006365_6153192.gifトリノ・オリンピックで一番面白かったのが女子カーリングだった、という人は多いようだ。日本代表となったのは、前回ソルトレイクシティ大会でも代表となったメンバー二人を含むチーム青森。その二人がソルトレイクシティ大会で出場したのはチーム・シムソンズとしてだった。

そのシムソンズの結成当時のエピソードを脚色したフィクションがこの映画である。フィクションであるのがどこからどこまでか、というのはよく分からない。登場人物の名前は変えられているし、キャラクター設定もどうなのか不明だ。主人公がトリノに出た二人のうちどちらでもないということだけは後で知った。

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監督がTVドラマ出身ということで、TV的な作品に仕上がっているのではないかと心配したのだが、それなりに映画になっていたのでよかった。スポーツものだが根性ものではなく、笑いも随所に入るところがこちらも気楽に見ることができ、爽やかな感動というやつも味わうことが出来る。TVで放送されることもあるのだろうから楽しみにしている。

なお、チーム青森は本日の決勝戦でチーム長野を破り、日本一になった。
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by inVox | 2006-03-12 06:16 | ■Cinema/Movie
「シャーロック・ホームズ対オカルト怪人 ~あるいは「哲学者の輪」事件」
ジョン・H・ワトソン著、ランダル・コリンズ編、日暮 雅通訳

e0006365_1418591.jpg本当は、同じ河出書房新社から先に「シャーロック・ホームズ対ドラキュラ」を読みたいと思ったのだが、たまたま在庫切れということで、一緒に検索であがってきたこちらを購入。何と言っても気になるではないか、ヴィットゲンシュタインたラッセルの名前が出てくるのだ。さらにはクロウリーの登場とあっては…、ついつい手が出てしまった。

内容は、結構笑えるパロディが満載であり、そのくせホームズものらしいストーリー展開になっていて、よく出来ているなぁという感想。痛烈な皮肉、というよりも洒落や冗談に類するちょっととげのあるユーモアが感じられる。アマゾンbk1でも購入が可能だ。

まぁ、シャーロック・ホームズのパロディものは沢山あるが、これまでに手を出したことはないが、現在でも毎年数十作品が上梓されているとのこと。それだけシャーロキアンが多いということか。ミステリー・推理小説データベース「Aga-Search.com」というサイトをぶらぶらしてみるのも面白いかも。
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by inVox | 2006-03-11 14:22 | ■Books