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Official inVox Blog; Watched, Read and Listened in my real life.

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e0006365_014792.gifポーキュパイン・トゥリー関連のミュージシャンの作品をリリースしているバーニング・シェッドから、彼らのオンライン・ショップにジャッコのページが出来たことのお知らせが届きました。

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取り扱われるのはとりあえず3枚。「ディズリズミア」「キングダム・オブ・ダスト」、それに「マスタードガス&ローゼズ」いずれ劣らぬいいアルバムです。mixiのレビューでも紹介してますので参考にしてください。

ちなみに、最近ジャッコのブログが更新され、3月9日でとまっていた日記が5月23日分までびっしりとアップされています。といっても4月はアルバムの録音で忙しかったのか、1日分しかありませんが、3月と5月はたっぷりと楽しめます。
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by inVox | 2006-05-31 00:01 | ■Music
「七王国の玉座I」ジョージ・R・R・マーティン 岡部宏之 訳

というわけで、ようやく文庫化です。ハードカバーで本屋に並んでいるのを見ては読んでみたいなぁと思いつつもなかなか手が出せずにいました。元来ハードカバーが苦手なので^^);

e0006365_22551351.jpgページをめくって最初のショックは文字の大きさ。でかい…。昔のぎっしり詰まったものとまでは言いませんが、せめてもう少し1ページあたりの文字の量を増やせないものだろうか。この程度で本嫌いが本を読むようになるわけではないだろうに。まぁ内容も訳文のせいか少しジュブナイル的な印象。あまりに平易な文体にする必要もないような気がします。もう少し時代がかった文体の方がこういった剣と魔法とドラゴンのm物語には似合っていると思います。

とは言え、面白くない訳もなく。これから毎月続きが出るのが楽しみなシリーズです。第2部のハードカバーもすでに出ているし、第3部の方も年末までには刊行されるというから早く文庫に落として欲しいですね。
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by inVox | 2006-05-29 22:55 | ■Books
「ロダンとカリエール展国立西洋美術館

e0006365_2245503.gifこちらは打って変わって2人のアーティストの複合展。同時代にお互いに影響しあい、ともに作品を作りあったりした二人のアーティストということだが、カリエールについては何も前知識なしだった。カリエールの絵画、ロダンの彫刻。これらが中心だが時折混じっているロダンの絵画というのも面白かった。カリエールは本当に油彩かと思うくらい淡色の濃淡だけで表現したような絵画も多く展示されており、これはある意味インパクトがあった。象徴派的な印象派、あるいは印象派的な象徴派とでも言えばいいのか、ぼんやりとした中から浮かび上がる人物がとても印象に残る。

e0006365_2246197.jpge0006365_22464239.jpgロダンとカリエールで同じ人物を題に取った作品がこれほどあるというのもすごい。同じ人物の顔が二人によって2次元と3次元で表現されているのを並べてみることが出来るのも面白かった。年齢的にはそれなりに離れていたようだが、やはり共通するものがあったのか、後世に残ったロダンと徐々に忘れられていったカリエールの差は何だったのだろうか。よく見ていってみると、僅かだがカリエールには技術的な未熟さがあったようにも思えた(素人の私が言うのだから信用してはいけない)。技術的にはロダンの方が抜きん出ているように見えたのだ。だが逆にインスピレーションを強く感じたのはカリエールの方だ。このあたりに二人が長く付き合えたことの理由があるように思えた。6月4日まで。

国立西洋美術館
ロダンとカリエール展
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by inVox | 2006-05-26 22:47 | ■Arts
「プラド美術館展」東京都美術館

e0006365_17352529.jpgスペインのマドリードにある国立美術館の展覧会が東京都美術館で行われている。以前始めて東京と美術館を訪れた時は展示スペースの非効率的なレイアウトと同時開催のほかの展示会の多さによるお客さんの多さに辟易したものだが、今回も前回に負けず劣らず人が多かった。これって恒常的にそうなのだろうか?と思うと、あまり良い美術館だと思えなかった。

e0006365_17354135.jpg展示されている作品はスペインのアーティストのものがほとんどで、時折他の国の画家がスペインに来て描いた絵画などが混じっている。エル・グレコやティッツィアーニなど有名な画家の作品もあれば全然聞いたことのない名前も多い。スペインと言えばピカソやダリを思い浮かべるが、このプラド美術館は16~17世紀の作品にその重点が置かれているようだ。

肖像画、風景画、静物画といったものが特に沢山あるように感じられたのだが、いずれもどちらかと言えば明るい色彩を多用した華やかな作品が多かった。特に肖像画はモデルが国王や王族、貴族などであることからどうしてもそういう画調になるのだろう。特に肖像画が好きと言うわけではないが、この時代の肖像画はついついじっと見てしまう。風景画もしかり。写実的な作風の作品が多く、そこに描かれた景色に画家はどんな思いを込めたのか、考えずにはいられない。写真との違いをどうしても思わずにはいられない。静物画については、あまり好みではないこともありざっとしか見ていないがやはり立体的な光と影の使い方が確立されていった時代なのかなぁと思う。
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東京は7月2日まで。7月15日からは大阪市立美術館へと場所を移して開催される。
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by inVox | 2006-05-25 17:32 | ■Arts
「ドアのない家」トマス・スターリング

e0006365_22403563.jpgついつい「扉のない家」と書きたくなってしまう。原題は「The House without a Door」であって、決して「House with No Door」ではない。くれぐれも間違わないように。

それにしても、面白かった。こんな趣のミステリ(それともサスペンス?)は読んだことがない。特段奇をてらっているわけでもないし、文体が凝っているわけでもない。平易な文章で淡々と進んでいくのだが、面白い。これはいいものを紹介していただいた。感謝です。しかもどうやら現在は入手不可となっているようですね。もう1冊の方はかろうじてハヤカワのリストにも残っているようですが…。
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by inVox | 2006-05-24 22:40 | ■Books
「黒い家」貴志祐介

e0006365_0295290.jpg大竹しのぶの演技が際立った映画の原作。映画は見ていない。物語とは無関係にピーター・ハミルの名前が登場するというので読んでみた。まぁ主人公が朝起抜けに聞く音楽としてほんの一瞬名前が出るのだが、「ニューロティックなだみ声」ときたか。実際にピーターは診るの歌を聞いた事のない人はこの表現で一体どういう声を想像するのだろうか。

物語は生命保険会社勤務の男性が主人公。生保の保険金詐欺を詳しく取り上げながらの殺人犯の恐怖を盛り上げていく。そこにサイコパスだの情緒欠陥だのといった心理学的な切り口を縦横に絡めながら謎解きが行われる。業界物であり、ホラーであり、推理小説であり、心理学物でもあるという豪勢な小説。
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by inVox | 2006-05-19 00:30 | ■Books
「20世紀のオランダから ~クラリネット・バスクラリネットをめぐって~」
 カノン工房チャレンジシリーズ  vol. 15 鈴木生子 at Toppan Hall

e0006365_23151482.jpg1. "Zenith" (Jo van den Booren) 
  (bass clarinet, piano)
2. "Lament of a dying bird" (Rudi M. van Dijk)
  (clarinet, s-clarinet)
3. "Music" (Tristan Keuris)
  (violin, clarinet, piano)
4. "Duo" (Theo Loevendie)
  (bass clarinet)
5. "Canzone" (Tristan Keuris)
  (clarinet)
6. "Touch-and-go" (Roderik de Man)
  (violin, bass clarinet, piano)

鈴木生子:bass clarinet, clarinet, s-clarinet 
with
e0006365_2317397.jpge0006365_23163961.jpg相磯優子(violin)、浦壁信二(piano)

現代音楽のコンサート。しかもオランダで活動する作曲家たちの作品だけを集めたもの。ということで、さて堅苦しいものになるのかと少々緊張して行ってきた。とはいっても、すでに公開練習の形で半分の3曲は事前に耳にしていたので半ば安心しながらである。

3曲ずつの前半後半に分けられた公演は、そこそこの人の入り。聴衆の衣類による吸音と人の発するノイズのバランスはまぁまぁ。譜面台の高さと聴衆の耳の位置はなんとも言えない。エスクラでは譜面台の影となって少し音が通りにくかったかも。すべての楽器をオン・マイクで聴いてみたらどうなんだろうかとふと興味が湧く。

1曲目はリズムを感じさせる曲。ピアノとバスクラの絡みがもう少し欲しいところ。音量的に生音だけではちょっと迫力が足りない。演奏者自身の耳にはどのように聞こえているのだろうか。しかし、ノリのよいと言っていいくらいのデュオ曲。2曲目はソロ曲だがCl→S-CL→CLという3部構成。これもまた勢いがあり、気迫が音楽を素晴らしいものにしている。そして3人での曲。割と陽気で派手目な印象。こういうアンサンブルも上手い。

後半1曲目は一人二役の演奏を要求される曲だと解説にあるが、まさしくその通りの演奏。今日一番の演奏ではないだろうかと思った。個人的にもこういう曲が好きだということもあるが、とにかく素晴らしかった。続く2曲目は少し印象が薄い。1曲目を聴いた後だということもあってかすこしこちらの気持ちが緩んでしまった。…それに斜め後ろの方から眠ってしまった御仁のいびきが聞こえてきて…。おいおい。そして最後再び3人での演奏。今日の白眉となるはずの曲。作曲家本人が客席にいるし、公開リハで指導も受けていた。…公開リハではものすごく近い距離で聴くことができたからだろうか。その演奏よりも若干迫力に劣るように聞こえた。演奏そのものはよりダイナミックになっており、本来なら熱狂できるものだと思うのだが、ちょっとだけ音が遠く、その分せっかくのダイナミズムを殺いでいたように思う。やはりオン・マイクでPAを通した方がより目指す音が客席にも届くのではないだろうか。その点が少しだけもったいなかった。

面白かったのは、演奏者の動き。鈴木さんが割りと大きく体全体を使っての動きをしていたのに対してサポートのお二人はあまり動かない。コンサートは目でも楽しむものであることを考えるとちょっとさびしかった。まぁ主役はあくまでも鈴木さんなので遠慮されたのかもしれないが。

終演後のローデリック・ドゥ・マン氏のトークは面白かったが、通訳の作曲家がギリシア神話をまったく知らないようだった。ユリシーズの冒険といえばホメーロスの「オデュッセイア」のこと。クレタ島の名前も出して説明してくれたのだが、知らないがためにその曲の解説が結果としてほとんど省略されてしまったのは残念。また、主役である鈴木さんを無視して話を進められてしまって、本末転倒。本来なら作曲家と演奏者の曲を巡る面白い議論が聞けるのではないかと期待していただけに、あの「対談」にはがっかりさせられてしまった。あれは、別セッションまたは公演の前座として設定されているべきものだと思う。
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by inVox | 2006-05-14 23:17 | ■Music
「悪魔のヴァイオリン」 ジュール・グラッセ

e0006365_1636561.jpgタイトルの「悪魔のヴァイオリン」はヴァイオリン好きなら知っているだろうある名器のこと。この本は「パリ警視庁賞」受賞だそうで、解説によれば作者の名前は、メグレ警視のファースト・ネームにラスト・ネームは駄洒落での引っかけのようなことを書いてある。舞台はサン・ルイ島。パリ警視庁のあるシテ島とは橋でつながっている。ヴァイオリンの魔力を上手く使った人物設定や音楽の演奏される場面などが面白かった。これはやはりヴァイオリンを聴きながら読むのが一番いいのだろうか。
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by inVox | 2006-05-13 16:36 | ■Books
「公開リハーサル:ローデリック・ドゥ・マン『タッチ・アンド・ゴー』」鈴木生子

5月11日(木)コア石響

・鈴木生子(bass clarinet)
・相磯優子(violin)
・浦壁信二(piano)

e0006365_022323.jpgこの曲の作曲家であるローデリック・ドゥ・マン立会いの下での公開練習。現代音楽の演奏家にとって作曲家とはいかなる存在なのか。常に変わらず「先生」なのか。それとも対等な「音楽家」なのか。そういう疑問はクラシックでも常に付きまとって頭を離れない。少なくとも私の知っている幾人かのクラシック系の作曲家、あるいは作曲家志望の人間は、演奏家を明らかに下に見ていた。

『タッチ・アンド・ゴー』という曲は、なんとも緊張感にあふれたダイナミクスにあふれていた。それはまるでロックにおける即興演奏に匹敵するほどのテンションの高い楽曲だった。最初に通しでの演奏。演奏の前にはローデリックは何も言わない。演奏は良く練習されている印象。ただし、ピアノが弱く感じられた。グランド・ピアノの蓋がちょっとしか開けられていなかったからか?と思っていたが、ローデリックの最初のコメントで、ピアノはもっと激しく、というのがあったので、やはり弱かったのだろう。まるで鍵盤をなでているかのようだったからだ。バイオリンはうまかった。が、3人がまだ遠慮しあっているかのように時々萎む。

ロデリックは曲の最初から少しずつを分けて演奏させながらコメントをしていく。この曲は演奏家に多くを負っているという。それは、演奏家の技量がそのまま曲の出来を大きく左右する高度に技術的な要求の詰まった曲だからだそうだ。彼の出す指示で演奏は飛躍的にダイナミックになった。やはり楽譜は音楽を伝えるには不完全だということを強く意識せざるを得ない。また、時折演奏者から出る質問は、たとえその演奏者が一流と呼ばれる人であっても、演奏する側もまた様々な疑問を抱きながら曲(楽譜)を解釈しているのだということを教えてくれる。ローデリックの指示により、演奏はより明確な方向性を得て素晴らしいものとなった。それは素人の私が聞いても簡単に分かるほどの違いがあった。ローデリックは決して演奏者を下になど見ていない。いまどきの言葉で言うなら、きちんとレスペクトしている。

似ているわけではさらさらないが、ヘンリーカウの音楽を連想してしまった。やはり高度に作曲されたアヴァンギャルド。あるいは集団即興。音楽のダイナミクスを生み出す上では、演奏者同士の会いコンタクトや、お互いの音に反応しあいながら次の音を出していくといったインタラクティヴな演奏の方がより適しているように思う。

練習終了後に、通訳をしていた作曲家と話しをしてみたが、やはり彼もまた演奏家を下に見ているような印象を受けた。これだけの曲を暗譜して演奏者同士のコミュニケーションによってよりダイナミックに演奏することを私はすぐに思い描いてしまうのだが、「演奏者の能力は作曲家のそれより下」であるが故に「作曲家でもある演奏家でなければそういう形での音楽の完成度を高めることは能力的に不可能」なのだそうだ。彼にとっては演奏能力というのは作曲能力の補助的なものに過ぎない、ということだろうか。そう考えているのだとしたらとても残念なことだ。

インプロヴィゼーションの持つ可能性と当たり外れの大きさ、出来不出来のばらつきは確かにあるが、音楽とは生き物であり変化するのが当然のものであることを考えると、「再現性にこだわる」作曲家は版画作家や小説家と同じカテゴリーに属しているとも言える。しかし、違うのはそれを実現するのは生身の演奏者であり、そういった意味では脚本家と役者の関係に近いのかもしれない。しかし、ローデリックが言っていたように、音楽は演奏者の資質に依存する部分が多分にあるわけで、もし、自身の作曲作品の再現性にのみこだわるならベストな演奏を録音したCDをコンサートで流せばよい。あるいは、完璧に納得いくまでプログラミングした自動演奏を用いればよいのだ。だが、そういった音楽を私たちの多くは「ライブではない音楽」と呼ぶことだろう。

ライブな演奏に拘る音楽家は舞踏や演劇、映画と似たようなベクトルを有していると言えなくはないだろうか。そしてレコーディングに拘る音楽家は写真や絵画、彫刻に似ていないだろうか。それらに優越はもちろんないだろうが、好みはある。私は演奏家の一瞬のパフォーマンスを楽しみたい。良い出来も悪い出来も等しく。演奏者そのものなのだから。私は音楽を通じてその音楽家を愛する。

なお、この公開リハは、5月14日に行われる本番「20世紀のオランダから ~クラリネット・バスクラリネットをめぐって~」のためのもの。本番まであとわずか。とても楽しみな演奏会である。
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by inVox | 2006-05-12 00:00 | ■Music
「ベスト・オブ・ロバート・ワイアット;ロバート・ワイアット30年の軌跡」
("His Greatest Misses")

e0006365_22281488.jpg  1. P.L.A.
  2. ワーシップ
  3. ヒープス・オブ・シープス
  4. フリー・ウィル・アンド・テスタメント
  5. アイム・ア・ビリーヴァー
   (エクステンデッド・ヴァージョン)
  6. シー・ソング
  7. リトル・レッド・ロビン・フッド
   ・ヒット・ザ・ロード
  8. ソーラー・フレアーズ
  9. アット・ラスト・アイ・アム・フリー
 10. アラウコ
 11. ジ・エイジ・オブ・セルフ
 12. エイリアン
 13. シップビルディング
 14. メモリーズ・オブ・ユー
 15. マディ・ハウス(b)
 16. ミスターE
 17. フォーリン・アクセンツ

今更何も言うことはないので、聴いたよという報告だけ。あまりにも神格化されすぎた観のあるロバート・ワイアットだけど、80年代以降のアルバムは正直言ってあまり強烈な印象は残っていない。もちろん、大好きな9や13などの名曲もあるのだけど、基本的にそれらはカバー曲だし…。最近のアルバムはあまりに作りこまれているような気がしなくもない。まぁ、昔からシンプルさが売りの人ではなかったけれど、声の印象が「素朴」なので残るイメージがそうなってしまっているのかも。6なんてピアノ以外は結構凝った音作りだ。

凝りすぎた音のせいか、80年代以降のロバート・ワイアットのアルバムは途中で聴くのをやめてしまうことが多い。やはり聴き続けるにはちょっと疲れてしまうのかもしれない。数曲を聴くのはものすごくいい。ソフト・マシンやマッチング・モールなどのような演奏を楽しむことの出来るバンドでの歌もとてつもなくいい。だけど、全部歌ものになってからはちょっとつらい。


e0006365_22284417.jpge0006365_2229840.jpgアルバムとしては「ロック・ボトム」(左)や「ルース・イズ・ストレンジャー・ザン・リチャード」(右)あたりが一番好きだ。その頃のwインストと歌のバランスが私にとっては一番いいのだろう。
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by inVox | 2006-05-08 22:30 | ■Music