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ピップ・パイルよ安らかに眠れ!

27日深夜(28日午前2時)、パリの自宅でピップ・パイル氏が亡くなったそうです。死因は「自然死」と伝えられています。以下に彼自身のホームページでの紹介文を引用します。

e0006365_2352348.jpgpip pyle - drums

Born : April 4th, 1950 - Sawbridgeworth, Hertfordshire (England)

Past Bands : Delivery (1966-70), Chicken Shack (1970-71), Gong (1971), Paul Jones Group (1972), Hatfield and the North (1972-75), Weightwatchers (1975-76), National Health (1977-83), Soft Heap (1978-88), Rapid Eye Movement (1980-81), In Cahoots (1982-2001), Pip Pyle's Equip'Out (1984-95), Patrice Meyer Trio/Quartet (1985-87), Mimi Lorenzini Trio (1987), Faton Cahen Trio (1987-88), John Greaves Band (1990-91), Short Wave (1991-96), Gong/Shapeshifter (1992-93), Hugh Hopper Band (1994), Richard Sinclair/RSVP (1994), Gong (1994-96)

Current Bands : Pip Pyle's Bash, Absolute Zero, Hatfield and the North

e0006365_235539.jpg1950年生まれということですから、まだ56歳という若さです。昨年のハットフィールズでの来日が最後になってしまいました。先週土曜日にはオランダの「Groningen Bicycle Festival」でもハットフィールズとして演奏したばかりです。

年末には幼馴染の盟友フィル・ミラーがイン・カフーツで来日するというのに。今度のイン・カフーツ来日公演はピップの追悼公演となってしまうのでしょうね。エルトン・ディーンと言い、ピップ・パイルと言い、逝くのが早すぎるのではないでしょうか。

彼の唯一のソロ・アルバム(バンドとしてのリーダー・アルバムではなく本当の意味でのソロ作)である「7 Years Itch」を久しぶりに聴いてご冥福を祈りたいと思います。
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by inVox | 2006-08-28 23:10 | ■Music
「老人と海」ヘミングウェイ

e0006365_2341838.jpgまたまた『読まず嫌いだった名作を読もう』シリーズです。これは映画も見ていません。思ったほど読みづらくはありませんでした。もう少し古臭いのかと思っていましたが、決してそういうこともなく、むしろ今でもありそうな舞台設定だと感じました。こういう本は、著者略歴以外の、作品の解釈をめぐる余計な解説は不要でしょう。

新潮文庫の毎年恒例の夏のキャンペーンである「新潮文庫の100冊」での購入。薄くて読みやすい分量だった、というのも購入の動機のひとつ。
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by inVox | 2006-08-22 23:04 | ■Books
「キリスト教文化の常識」 石黒マリーローズ

e0006365_2384100.gif西欧文明におけるキリスト教の浸透具合というのは、私にとっては想像がつかないものだという感覚は以前からあった。そのために、いわゆる「聖書物語」と呼ばれる類の書物を過去に何冊か読んだことがある。小学生の低学年の頃に読んだ、タイトルもそのものずばり「聖書物語」というのが一番最初だったのだが、まだ、キリスト教はもとより仏教と神道の区別も(要するに寺と神社の違いも)よく分からない頃だったので当然単なるお話としてしか入ってこなかった。したがって、お話としてより面白かった旧約は記憶に残ったのだが、新約についてはさっぱりと記憶に残らなかった。

その後、聖書やキリスト教に主題や材をとった小説や映画、果ては漫画までいろんな作品を読んだのだが、やはり、きちんと下理解になっているのか、よく分からない。そういう状態で本屋さんの店頭でこの本を見つけたのだ。

著者はレバノン出身の女性。日本人と結婚して日本在住。日本という国に(長いこと)住むことであらためて感じたキリスト教徒(あるいは文化)に固有の考え方や習慣などがまとめられているのがこの本だ。そのため、より分かりやすい事例が多く語られている。旧約、新約それに巣故事ばかりほかの宗教も引用しながら、主に聖書からの引用を日常生活の中でどのように人々が用いているのかを例にとってキリスト教(主にカソリック)の基本的な信条を説明してある。

ただ、この本一冊ですべてが分かるわけではない。プロテスタントの目から見た場合、どのように解釈がされるのかニモ興味があるし、また、この本では触れられていないギリシア神話やドルイド教、ケルト文明や北欧神話など西欧文明の根幹にはキリスト教以外の様々な影響が少なからずある。場合によっては植民地からの逆輸入されたインドの宗教や文化、アフリカの宗教や文化なども今や無視することは出来ないはずだ。そういったものも含めて今の欧州文明というのは複雑に絡み合い、混じり合っているのだと思う。

仏教とヒンズー教もまた複雑だが、私にとっては馴染みのある宗教だし、手塚治虫の「ブッダ」など面白く読ませてもらったし、光瀬龍の「百億の昼と千億の夜」などのSFでもそれらの概念が引用されている。私にとって未知なものはイスラム教だ。何か面白そうな本があったら読んでみたいものだ。
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by inVox | 2006-08-20 23:08 | ■Books
「ブレイブ・ストーリー」

宮部みゆき原作ということで、作品は読んだことが在るのは1冊くらい。また「妖怪大戦争」での彼女の役割がよく分からなかったこともあって、正直迷った。でも、まぁ漫画映画だし気楽に見てみようということで見てきたのだ。

ストーリーは単純だが登場人物の設定はきちんと考えられているし奥行きも描きこまれている。ディテールもちゃんとしている。面白い。ロール・プレイング・ゲームの感覚が映画に持ち込まれて久しいが、この作品もまた露骨にその手法を取り込んでいる。ただそれが鼻に付くわけではない。この作品は「ゲド戦記」ともろにぶつかっているのだが、果たしてどちらの方が面白いのか? と言われたら見る人によって違う答えが返ってきそうだ。ただともに少年の成長を軸とした描き方をしている点が共通しているし、魔法が重要な役割を持っている。私は共に気に入った。

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エンドロールを見ていて驚いたのは、音楽の演奏者のトップにカルロス・ヌニェスの名前があったこと。全然気が付かなかった。それにエンド・テーマは新居昭乃だった。いやはやどうりで気に入るわけだ。
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by inVox | 2006-08-15 23:50 | ■Cinema/Movie
「ゲド戦記」

e0006365_11515514.jpg「あの」という言葉がふさわしい原作によくもまぁ挑戦するものだ、というのが事前の感想。大胆と言うか、怖いもの知らずと言うか。ちょっと目標が大きすぎはしない? 叩かれるのは目に見えているでしょ? と思ってしまったのだ。ねぇジブリさん。

それはさておき、実際に「ゲド戦記」を本として読んだことがある人はどのくらいいるのだろうか、名作と呼ばれて岩波書店もずっとハードカバーでしか出していなかったゆえに手軽に読むことが出来なくなっていた作品。今回の映画化で文庫化、ソフトカバー化、大人向けと一気に普及版が出揃ってしまった観がある。これは映画化の恩恵と言うべきだろう。原作を読んだことのある人でも、実際には3巻までしか読んだことがないという人も多いはず。いつの間にか続編と外伝が出ていた。これはもう大人買いするしかないだろう。

e0006365_11523017.jpge0006365_11524995.jpg~ゲド戦記(Earthsea)~ 全6巻の構成
 「影との戦い」
 「こわれた腕環」
 「さいはての島へ」
 「帰還」
 「アースシーの風」
 「ゲド戦記外伝」

e0006365_23512998.jpg映画は、タイトル通り『原作』として「ゲド戦記」を掲げているが、『原案』として宮崎駿の「シュナの旅」を挙げている。これがすべての鍵となっている。「シュナの旅」そのものは「ゲド戦記」とはまったく無関係の話で、チベットの民話に触発されたオリジナルだそうだ。あらすじは「作物の育たない貧しい国の王子シュナは、大地に豊饒をもたらすという「金色の種」を求め、西へと旅に出る。つらい旅の途中、人間を売り買いする町で商品として売られている姉妹と出会う。彼女らを助けた後、ひとりでたどり着いた「神人の土地」で、金色の種を見つけるが…。」(アマゾンでの紹介文より)というもののようだ。この物語と「ゲド戦記」をひとつにするということで、物語の筋書きは大きく変えられている。もしこの映画が世界公開されたときに大きな批判が予想されるとしたらこの点だろう。ストーリーは原作からははるかに改竄されている。同様に登場人物の設定もかなり異なっている点が多い。4冊にまたがる話を無理やりひとつに詰め込んだ感がなくもない。

しかし、原作を知らない人の方が多い、という仮定はおそらく当たっているだろう。原作について何の予備知識もないままこの映画を見たとしたら、この映画は十分に楽しめるものだ。遠い昔に3作目までを読んだに過ぎないし、もう記憶も薄れてしまった、という場合も同様だ。ストーリーはシンプルで、キャラクター設定も分かりやすい。成長と懊悩と「悪」との戦い、自分との戦い、そういったものがふんだんに盛り込まれており、一流のエンタテイメントになっている。描きこみもそれなりに必要な登場人物についてはされている。それゆえ、原作が有名すぎることが逆に評価を下げることになってしまっているのではないかという気がする。「ゲド戦記」を「シュナの旅」同様に「原案」のひとつとしてオリジナルとして仕上げた方がよかったかもしれない。

e0006365_11571573.jpgアニメーションとしての観点からひとつだけ残念だったのは、仕上げである。背景を中心に色の感じが雑だと感じる部分が多々あった。ジブリ作品と言うことを抜きにしてもちょっといまどきのアニメーションでこれはないだろうと最初がっかりした。映画は大画面であるがゆえになおさらだ。ま、物語に入り込めば気にならなくなる程度ではあったのだけれども。ジブリも自分たちなりのCGの取り込み方を検討した方がいいのではないだろうかとも思う。

「真の名前」を知ることがその対象をコントロールする力となる、という設定は日本でも古くから「真名(まな)」という概念で存在している。それゆえ通常口に出して使われる名前は「仮名(かな)」と呼ばれ、転じてそれを表記するための文字そのものを「かな」と呼ぶようになったという説だ。したがって我々は、本質的な世界を持ちながらも他人との接点を持つこの世界を「仮の世界」とみなして、「仮の名前」を用いてコミュニケーションを行っていると言うことになる。

この考え方は「本当の名前」=「本質」であるというものかもしれない。科学的な思考法は基本的にはこの考え方であり、物事の本質を化学式や数式で、あるいは他の言葉で表そうとする試みだ。それ(化学式・数式・言語による記述)が出来れば、その対象となっている事象・事物を「理解・掌握した」とみなされる。しかし、化学式や数式、言語そのものが「仮名」であるゆえに不完全なものにとどまっていると思う。

その昔、母親は妊娠中に胎児に向かって本当の名前で呼びかけるようにしていたという。実際に生まれてからは別の名前が与えられるのだが、母親は子供本人にだけ「本当の名」を教えて、絶対に他の人には知られないようにすることを子供に約束させたというのだ。これにより子供をもろもろの災厄から守ろうということだったらしい。

こうして人には真の名前と仮の名前の二つがあるという考え方は日本では、平安時代あたりに一時的には当たり前のことだったようだが、武士の時代になるにつれ、いつのまにか失われていったようだ。似たような考え方はネイティブ・アメリカンにもあるとかないとか昔聞いた様な気もするが定かではない。ル・グウィンさんがどこからこの着想を得たのかは知らないが、きわめて根源的な発想のひとつだと言っていい。
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さて、「指輪物語」、「ナルニア国物語」そしてこの「アースシー(ゲド戦記)」と世界三大ファンタジーがすべて映像化されてしまったわけだが、「指輪」は過去にも映像化されたが興行的に失敗した。「ナルニア」はディズニーが今後続編を本当に作るのか疑問が残る。このジブリの「ゲド」も原作とはあまりにも違いが大きい。いずれ誰かが実写での「ゲド」を撮るのだろうが、それを見ることができるのか、怪しいと思っている。
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by inVox | 2006-08-13 11:54 | ■Cinema/Movie
「日本沈没」

e0006365_13525849.jpg小松左京の原作は実は読んでいない。他の作品はそれなりに読んでいるのだけど、この作品に関しては最初の映画化のほうが先だったこともあって敬遠していた。と言ってもその映画もちゃんとは見ておらず、TVや雑誌などでの紹介を散々見たせいで避けてしまっていた。今回、リメイク版を見たのだが、出演者の描きこみが十分でなく、リアルさはない。地震や噴火の場面もCGはリアルだが、カット割りや距離感が不適切でリアリティを失っていたように思える。

沈没の理由となるプレート移動などの理論的な説明部分をもう少し丁寧に描いてくれてたらと思うが、エンターテイメントの映画としてはそこは手を抜かざるを得なかったのか? その説明がリアルであればあるほど、いつ実際に起きてもおかしくない、という恐怖感が観客の側に発生し、映画はリアルさを増すのではないだろうか。その辺がちょっと残念だった。
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by inVox | 2006-08-12 13:59 | ■Cinema/Movie
初めて北京に行ってみた。市の北西部に位置する北京大学や精華大学の近くにホテルを取ったのだが、周りは高層のオフィスビルが建ち並び、シンガポールやアメリカの都市部と変わらぬ眺めだった。違うのは、そのビル群の隙間に小さなあばら家のような、長屋のような昔ながらの商店や食堂がひしめき合っている点だ。そのコントラストがあまりにも大きくて、2008年の北京オリンピックに向けた都市開発の波と取り残されていく庶民の差を強調している。
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一昔前の北京と言えば自転車の波が押し寄せる映像だったが、その自転車をそのまま自動車に置き換えてみれば、現在の北京の様子が想像できるかもしれない。市の中心部付近は慢性的な渋滞。殺人的なほどに突っ込んでくる車。一方で歩行者や自転車は「道は人のためのもの」と言わんばかりに信号や横断歩道はもちろん、自動車までも無視して道を渡ってくる。車は車で当然人のほうがよけるものと思って突っ込んでいく。最後はどちらかがぎりぎりのところで避けるか止まるかするのだが、見ているとどきどきしてしまう。

そんな中でも城のナンバープレートを付けたメルセデスやBMWが異様なクラクションを鳴らして追い抜いていくことがある。軍の車だ。この軍専用のクラクションを鳴らされると一般の青のナンバープレートを付けた車は問答無用で道を譲らなければならないのだそうだ。渋滞も何のその。

あいにくの大雨のため、故宮・紫禁城は見ることができなかったが、天安門前広場と門の内側少しを見てきた。とにかくでかい。門はもちろんだが、毛沢東の写真がでかかった。広場の中ほどには博物館くらいの大きさの毛沢東の墓所がある。まるでギリシアの神殿のようだ。すでに夏休みだったのだろうか、家族連れも多く、外国人もかなりの人影を見かけた。

e0006365_1161239.jpg曇り空の下、万里の長城にも行ってみた。最もふもとに近いところから見上げて、そのとんでもない斜面に人が上っていく姿を見て、あんな急傾斜を登るのか、とびっくり。さらに山の奥に入っていくと観光用の上り口がありそこから長城へと入ることができる。私はロープウェイで途中まで楽をさせてもらったが、深い霧が出てしまい、見下ろすと白い闇が口をあけていた。長城はここでもやはり急な傾斜が付いており、会談がある部分はまだしも単にのっぺりとした部分では結構踏ん張って上り下りしないとかなり危なっかしい。こんなところ敵は攻めてきたりしないよぉ、と思ってみたが、モンゴル帝国はまさにこの方角から北京へ入ったのではなかったか? それとも北京入りするときにはすでに戦闘はなく、楽な道を通っていったのだったか?
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by inVox | 2006-08-06 09:16 | ■Human