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ミイラと古代エジプト展 Mummy: the inside story」 国立科学博物館

e0006365_0265820.gif特にエジプトが好き、という訳ではなかったが、TVで「ハムナプトラ2」をやってたことだし、吉村先生のエジプト特番なんかも好きなので寄ってみた。最初に短い学習映画があった。ミイラのCTスキャンでの分析と復顔などの解説だ。立体映像でメガネはお土産にくれると言う。そのメガネはエジプトの遺跡に見られる化粧した目元を模していた。

e0006365_0271787.jpg展示はそのミイラを中心に、様々な副葬品やロゼッタストーンの複製など。点数は少なかったが割と面白かった。もう少し美術展よりの展示をしてもいいなぁというのが正直な感想。後はもう少しエジプト神話の解説やそれにまつわる副葬品などを沢山見てみたい。
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ここでは、「南方熊楠 -森羅万象の探求者-」というのも始まっている。また、「化け物の文化誌展」というのも来週から始まるようだ。ちょっと面白そうではないか?
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by inVox | 2006-10-19 00:28 | ■Arts
ダリ回顧展 上野の森美術館
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昨年ロンドンで見たダリ展はブロンズ像中心のものだった。今回も彫像中心だったらどうしようと半ば心配しながら見に行ったのだが、逆に絵画ばかりの展示でとてもうれしかった。e0006365_0324118.jpgダリの人気が高いのは知っていたが、それにしても多すぎやしないか見物客。平日ははとバスなどでやってくる高齢者や中学、高校の生徒が意外にも多いのだ。ちょっと勘弁して欲しい。興味のない人まで見に来るな、と言いたいところだ。

e0006365_033318.jpg初期絵画作品はオーソドックスなものもあるし、その技量は上手いとは言え強烈ではない。やはりあの独特の画風を持ち始めてからの方が強烈だ。わりと同じモチーフを繰り返し作品にする傾向が強いので、飽きると言えば飽きるのだが、それでも目をひきつけずに入られない何かを持っているのはさすがである。

e0006365_0332398.jpgそれにしても、ダリはやはりオリジナルの大きさで見なければ意味がないなぁ、と感じた。ポストカードやポスターに加工されたミニチュアライズされたものではその素晴らしさが十分に伝わってこない。大胆さと繊細さ、そういう筆致の対照が生むダイナミクス。背景の風景や空の中にもダリの素晴らしさはある。溶けた時計だけではないのだ。
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by inVox | 2006-10-18 00:33 | ■Arts
ルソーの見た夢、ルソーに見る夢  世田谷美術館

東京新聞NHKも主催者に名前を連ねているこの展覧会。駅から徒歩17分という立地が幸いしてか平日であればそこそこゆっくりと見ることができるのがうれしい。

e0006365_23544563.jpge0006365_23551543.jpg展示内容は第1章「ルソーの見た夢」でアンリ・ルソー本人の作品を、第2章「素朴派たちの夢」ではルソーと同時代の「素朴は」と称されて一括りに扱われたが形の作品を。アンドレ・ボーシャン、カミーユ・ボンボワというったBunkamuraでも作品の展示されていた二人に加えて、セラフィーヌ・ルイ、ルイ・ヴィヴァンの作品。

e0006365_23553853.jpg第3章「ルソーに見る夢 日本人作家たちとルソー」では同時代の日本人画家の作品を集めてある。洋画と日本画に大別してあったが、藤田嗣治の作品があったのは意外だった。ユトリロ派の画家としてしか知らなかったからだ。彼がルソーに影響を受けた、というのは今回初めて知った。ほかに、岡鹿之助、海老原喜之助、宮田重雄、坂東敏雄、板倉鼎、上山二郎、清水登之、小出楢重、長谷川三郎、三岸好太郎、俣野第四郎、松本竣介、川上澄生の作品。印象に残ったのは岡鹿之助の作品。結構好きな画だった。一方、日本画では、土田麦僊、小野竹喬、堂本印象、吉岡堅二、工藤甲人、加山又造、稗田一穂といった画家の作品が展示されていた。なるほどねぇ、言われて見れば影響を見出すことは出来るなぁ、といった感じ。それとこれは意外だったが写真作品が展示してあった。山本牧彦、高山正隆、渡邊淳、田村栄、塩谷定好、岩佐保雄、植田正治といった写真家だがフォーカスの取り方や構図などに影響を見て取れる。

第4章「現代のルソー像」この最後のコーナーはパロディ、オマージュ作品。横尾忠則、靉嘔、有元利夫、小杉小二郎、矢吹申彦、青木世一、伊坂義夫の作品。横尾忠則などの有名人を含むラインアップはそれなりに存在感があった。誰かが横尾忠則の画を見て、「この発想は誰でもある」と言っていたが、出来たものを見て言うのは易しい。それを形にするのが難しいのだ。途中で一部作品の入れ替えがあるようだが東京のあと以下の2箇所を回るとのこと。
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[名古屋展];愛知県美術館[愛知芸術文化センター10階]
2006年12月20日(水)―2007年2月12日(月・振休)

[松江展];島根県立美術館
2007年3月9日(金)―5月6日(日)
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by inVox | 2006-10-16 23:56 | ■Arts
「ピカソとモディリアーニの時代」Bunkamuraザ・ミュージアム

e0006365_1641291.jpg渋谷の文化村の美術館に行ったのは久しぶりだ。相変わらず人は多い。展覧会の題名にある二人の作品はもちろん他のアーティストに比べると多いのだが、やはり少し物足りない。ピカソはもっと大量に見たい。

e0006365_16414710.jpg面白かったのは、キュービズムでくくった作品群の中に入れてあったが曲面を強調したフェルナン・レジェの作品。どこにもキュービックはないのだけどキュービズムに分類されている。最近は様々な技法が商業イラストや漫画にすら取り込まれてしまっているため、それらが登場した時期の「芸術」作品を見ても感動が少ないことも少なくない。ピカソを見て、その他のキュービズムの作品を見て、シュール・レアリズムの作品群を見て、技術や技法というのはやはりオリジナルにこそその価値が最も高くあるのだなぁと思った。それ以降のフォロワーや亜流、派生、発展形、いろいろな形での展開においては、作品を「オリジナル」だと思わせるのには更なる力量が必要だ。そしてそう思わせた瞬間それは新しいオリジナルとして認められていくのだろう。オリジナルのみが持つ力というのはそれほどまでにすさまじい。

e0006365_16421637.jpgピカソやミロ、クレーの作品などには一歩間違うと子供の落書きのように見えるものも多い。漫画の中のひとつのシーンに過ぎない画がものすごく芸術性の高いことだってある。違いはどこにあるのか?そんなことを考えながら見ていたら、あっという間に出口だった。作品の数が少なくないか?

逆に写実主義のようなものだと、オリジナルな、というものは構図と色使いに凝縮されるような気がする。光と影の使い方も含めての色使い。風景や静物、人物をどのように描くか、それは現代では写真家のオリジナリティに似ていなくもない。写真はデジタルになって、レタッチ・ソフトが発展してきたことで、写実主義絵画的なアーティストの微細な「筆入れ」が出来るようになってきた。露出や構図、シャッタースピードや絞りなどの撮影の技法にのみ発揮されてきた写真家の芸術性が画家のように自在に筆を加えることで、写実主義絵画よりも、写真よりも、更に繊細で奥の深い芸術作品を生み出すことがより簡単に出来るようになってきたのではないだろうか。画家は写実という点で、写真家は細かいバランスや細部に手を加えることができないという点でそれぞれの技法の制限を持っていたが、それが取り払われようとしているように思える。もちろん、レタッチソフトはまだまだ芸術家の要求するレベルに達していないかもしれないが。
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by inVox | 2006-10-15 16:42 | ■Arts
「「天使」と「悪魔」がよくわかる本 ミカエル、ルシファーからティアマト、毘沙門天まで」

e0006365_18394319.gif以前読んだ『「世界の神々」がよくわかる本 ゼウス・アポロンからシヴァ、ギルガメシュまで』(PHP研究所)の姉妹本という位置付けでこんな本が出ていた。正直言ってうれしかった。知りたいと思っていたのだ、キリスト教における天使の階位や聖書との関連。それに仏教での菩薩や如来などの階層もよく分からないし、この辺は聖書や経典の解説本などではあまり触れられていないようだし。

e0006365_1840079.gifまぁ、『「世界の神々」がよくわかる本』がたいして詳しいわけではなかったし、深く掘り下げてあったわけではないので、これもたいしたことはないだろうと思っていたが、実際たいした本ではない。言ってみれば子供向け。それでもいろいろな名前や解説が分かるので重宝する。子供向け、というよりは、ゲームや小説、映画などで出てくる天子や悪魔の名前を見つけては、なるほどこういうオリジナルの設定なんだ、と感心するのがこの本の適切な使い道ではないだろうか。うろ覚えよりはよっぽどましだ。私はこの本たちをとても楽しんで読んだ。
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by inVox | 2006-10-09 18:40 | ■Books
「夜のピクニック」 
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小説と映画は比べるものではないと思うが、この作品の場合は映画を先に見るべきだった。映画を先に見ていたなら、小説はさらに深みを増しただろう。小説はディテールを描くことが心の中のつぶやきとして、ある意味簡単に出来る。映画では、それをしゃべらせるわけには行かない。もちろん、特定の主人公がナレーションを勤めるという形で無理やりしゃべらせるという手法もあるが、この映画ではそれは行われなかった。主人公という考え方自体、今はもう複数が当たり前、あるいは不在であってもおかしくない。だから、ディテールを知らない状態でこの映画を見ていたなら、一人ひとりの表情に、仕草に、振る舞いに、いろいろなことを想像する余地が大きくあったはずなのだ。だけど、小説を先に読んでしまったがゆえに、逆に、あぁここはあれが省略されている、ここは変えられている、といった見方になってしまった。…もったいない。小説のディテールを忘れた頃、いや、大まかな筋さえ忘れた頃にもう一度見てみたい映画だ。

「誰でも映画を観ている間は18歳に戻れます」という恩田陸の言葉だけど、あれはちょっと違うと思う。映画に描かれている高校生と、恩田陸と同い年である自分の高校生時代の友人たちとでは大きく差があるように思えた。映画の中の高校生は、現代とはいえないまでも現代の高校生の文化の影響を受けたものだったように思えた。それは役者由来のものだと思う。演じていた若い役者が実際に高校生だった頃(それは今かもしれないが)の文化というか雰囲気が見え隠れする。ちょっとしたしゃべり方や口調に、笑い方に。だから私は18歳には戻れなかった。ちょっと残念。
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by inVox | 2006-10-08 09:42 | ■Cinema/Movie
「シャーロック・ホームズのSF大冒険 上・下」河出文庫

e0006365_0133183.jpge0006365_0134322.jpgまぁ、そりゃ紹介されているのを見てしまうと、読みたくなる訳ですよ。やっぱり。ということで、買ってしまいました。2冊だと言うのを見落としていて、最初は上巻だけを買ってしまい、間に先に書いた3姉妹宗教の本を読んでいたわけです。

それにしても、よくもまぁこんなに沢山のパロディやパスティーシュがあるものだと感心しきり。その中で、「思考機械ホームズ」(スーザン・キャスパー)という作品の付けられた献辞『ロバート・A・ハインラインをしのんでこの作品を捧げる』というのがちょっと意外であった。

作品は、本家顔負けのものから完全に遊んでいるものまで様々。バラエティ豊かで楽しめるものだ。取り止めがないといえば取り止めがないのだが、それもまた短編集の楽しみだろう。同じ題材や同じ時間設定を違った切り口で語りなおした作品も含まれており、なんとなく、時間の感覚が、夢を見ているときのように、同じ場面を繰り返しているのに一度も同じ繰り返しにならない、という感覚に襲われた。秀逸なアンソロジーである。
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by inVox | 2006-10-07 00:13 | ■Books
「ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教」(だいわ文庫) 一条真也

e0006365_23244357.jpg書店の平積みで見つけた一冊、帯に「『ダ・ヴィンチ・コード』の謎をとく鍵、グノーシス派まで丸わかり!」との煽り文句。裏表紙を見ると「長女はユダヤ教。次女はキリスト教。そして、三女はイスラム教である。」と始まる紹介文。これまであまり知らなかったユダヤ教徒キリスト教の確執やイスラム教の教えなど思わず読み込んでしまった。分かりやすさもよかった。願わくは、これに続いてこれらの一神教と仏教、ヒンズー教を比較した本を出してはくれまいか。
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by inVox | 2006-10-01 23:24 | ■Books