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「エラゴン」(2006 米国)

う~ん、子供向けだった…。期待していただけにちょっと残念。ストーリーは原作を読んでいないのでどこまで端折ってあるのか分からないが、それにしても単純明快に過ぎないか?という感想を持ってしまった。登場人物のキャラクター設定も明快で、善と悪は混じることなく、少年はヒーローになっていく。

e0006365_173764.jpg一番興ざめしたのは、実はヒロインのアーリア姫。右目と左目のバランスの悪さが柴咲コウを連想させ、気持ちが引いてしまったのだ。主人公たちのあまりにも現代的な立ち居振る舞いや仕草もしらけさせられた要因のひとつ。深彫りされることのない悪役や善玉たち。あまりにも表面的な描かれ方だ。せめてブロムについてはもう少し掘り下げて欲しかった。短い時間に押し込むためには仕方がないのかもしれないが、ほんの少しの台詞で「説明」するというやり方はあまりよろしくないと思う。

原作は17歳の男性が書いたとのこと。世界40カ国以上で300万部以上も売れているという。「ドラゴン・ライダー」というシリーズとして日本でも出版されている。映画の方は果たしてどこまでヒットするのか。

CGは素晴らしい。ドラゴンはリアルで、実写の登場人物たちと違和感なく同じ画面に収まっている。最新の技術はここまで来たか、と感心した。これならもっと色々な作品がよりリアルに出来てくることだろう。音楽は、記憶に残らなかった。アヴリル・ラヴィンの歌うテーマ曲もいまいち。もう少し大人の鑑賞にも耐えられるように全体をレベルアップして続編を製作して欲しい。ひとつだけ、希望を持たせるものがあるとしたら、一番の悪役で、本作ではあまり出番の多くなかったガルバトリックス役がジョン・マルコビッチだったことだろう。次作ではきっと楽しませてくれるに違いない。
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by inVox | 2006-12-29 17:37 | ■Cinema/Movie
"Black Woods Four de X'mas"  Dec. 23rd、カフェ・フロンティア、JICA地球ひろば

1. 「第三組曲」より 1.「イタリアーノ」(レスピーギ)
2. 「オランダにおうちが一軒建っている」 (オランダ民謡)
3. 「クラリネット五重奏曲」二重奏版(モーツァルト、arr.橋爪)
4. 「恋とはどんなものかしら」 (モーツァルト)
5. 「ハンガリーの古いダンス曲集」 (ファルカシュ)
6. 「クリスマス・ジャズ組曲」 (ビル・ホルコム)
7. 「ジュ・トゥ・ヴ」(エリック・サティ)
8. 「ムーンライト・セレナーデ」(グレン・ミラー、arr.寺田 央)
9. 「City Scenes」(テレンス・J・トンプソン))
10. 「ロンドン・デリーの歌」 (arr. 寺田 央)
11. 「ジングル・ベル」(arr. 寺田 央)
12. 「橇すべり」(arr. 寺田 央)

JICAの運営するカフェ? こんなところがあるとは知らなかった。そのカフェ・フロンティアが企画する「ランチ&コンサート」のシリーズなのだそうだ。正式な名称は「Carnival Frontier Concert」のようだが、今回は「Vol.4」となっているのでまだ歴史は浅いようだ。でも次回が1月19日となっているので、精力的な活動として心積もりらしい。

タイトルと曲名を見れば分かるように、クリスマスにあわせた企画で、観客も50名限定でランチ付き。ドリンクに南瓜のマリネサラダ、オニオン・グラタンスープ、シーフードのクリーム煮シャンパン風味サフランライス添え、ベイクド・チーズ・ケーキという「軽食」と言っているわりにしっかりしたメニュー。観客は演奏者の活動に「教える」というのが含まれているためか「生徒」とその両親という組合せも多い。まぁ安心して見にいけるプログラムなのは間違いない。

4人のクラリネット奏者による演奏だが、二人だったり三人だったりする曲もあり、一人ずつ演奏者の紹介を兼ねて音の違いを聞かせてみたりと、子供にも優しい内容。後半はジャズの楽曲を取り上げたりして、よりリラックスした雰囲気に。どうせならもっとアドリブやソロの掛け合いなどを入れてみても良かったのではないかと思う。もちろん、玄人受けするようなものでなく、子供にもとっつきやすい優しいメロディとリズムでの「遊び」を体現するようなものをだ。音楽は楽譜だけではないんだよというのがちらちら見え隠れする演奏を聞いているうちにそういう感想を持った。
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by inVox | 2006-12-26 21:56 | ■Music
e0006365_23134678.jpgPhill Miller / In Cahoots Live in Japan 2006

久々の来日公演。メンバー・チェンジをしてから初めての来日となるが、その脱退メンバーのうち二人が相次いで今年なくなった。エルトン・ディーンとピップ・パイルだ。それゆえ日本のファンにとってはこれが二人の(エルトンのはソフト・マシーン・レガシーで春に行われたため、特にピップの)追悼公演となった。しかし、あまりそういう雰囲気は強くなかった。フィルらしい徹底してプロ・ミュージシャンの公演であった。

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先行して行われたフレッド・ベイカーとのデュオ公演については、とみさんが既に感想を述べられているので私は省略させてもらうが、技術的にうまいフレッドの支える上でのフィルのある意味破滅的な演奏とが微妙にバランスを崩しているように見えながら保ちつつ進むという良い雰囲気の公演であった。

e0006365_23184362.jpg夜8時半という欧米での標準的なスタート時間からの公演は、前日も見た人によれば「百倍良い」出来。久しぶりの新作が出たばかりで(こちらもとみさんがレビューをされているのでご参照ください)、新曲中心かと思いきや、旧曲も多く、バランスの取れた選曲だったと思う。残念だったのは、終電車の時間の関係で、私はアンコールを聴くことが出来なかったことだ。あぁ悔しい! 素晴らしい公演だっただけに全部を見ることが出来なかったのは非常にもったいなかった。結局終電車に間に合うギリギリの時間まで粘ったのだが、本編終了までが限界だった。

新メンバーとなるドラムスのマーク・フレッチャーは、今年ゲイリー・ボイルの公演でも(ゲイリー・ハズバンドの緊急代役として)来日していたが、私は見るのは初めてだった。テクニカルだがどこか豪放でばたばたしたところも適度にあり、ジャズ、フュージョン系で高い評価を受けて活躍していながらもどこかロック的なノリを作り出しており好印象。フィルの楽曲はどちらかと言うと昔のハットフィールズやナショナル・ヘルスの頃よりもかなりジャズなので、マークのドラムスがロックへと接近させる役割を果たしているようで、結果として全体のバランスが素晴らしくなっていると感じた。思い切りの良さというべきところがピップとの大きな違いか。もう一人の新メンバー、サイモン・ピカードはそれなりにうまいし個性もあるが、どうしても、前任者のエルトンと比べてしまうのでちょっとかわいそうだ。

バンドは完全にフィルのもので、フィルの合図に従ってメンバーが演奏する場面もあった。そういう意味ではバンドのダイナミズムはフィルの作曲とアレンジによるところが大きいのかもしれない。だが、フレッドのベースはその中でもフィルのギターと双璧を為しているように感じられた。このベースに関してはフレッドに任せられているのではないだろうか。ピート・リマーのキーボードは渋い。涼しい顔してとんでもない音を出してみたり、フレッドとの超絶技巧ユニゾンを淡々とこなしたり、さすがだ。
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個人的にはロックよりの楽曲が好きなのだが、よりジャズよりな楽曲も素晴らしかった。カンタベリー系のバンドの中でもっとも直接的にジャズ・ロックの流れを受け継いでいるのがこのバンドだろう。考えてみれば、ワイルド・フラワーズからソフト・マシーン、マッチング・モール、ハットフィールズ、ナショナル・ヘルスと続いた流れは、このイン・カフーツがなければ途絶えていたかもしれない。ふと、そんなことを考えた。
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by inVox | 2006-12-18 23:15 | ■Music
コンテンポラリーα公演:新しい響き+リゲティ追悼」@すみだトリフォニー小ホール

久しぶりの現代音楽のコンサート。日本人作曲家による作品4つと亡くなったリゲティの追悼の2曲だとのこと。クラシックの音楽理論などは知らないが、自分が楽しめるものは楽しんだし、つまらないと思ったものはつまらなかった。今回、残念ながら「新しい響き」はどこにもなかった。

<新しい響き>
1. 「イン・ザ・ディープ・シー II」 (2006 改訂版 日本初演) 菱沼 尚子
 [2fl,2cl,2perc,pf,vn,vc,cb]
2. 「Eve II」(2001 世界初演) 山本 裕之[vn,vc]
3. 「イン・ザ・ディム・ライト」(2005 日本初演) 伊藤 弘之[fl,cl,vn,vc,pf]
4. 「連歌 II」(1999) 金子 仁美[fl,cl,vn,vc,perc,pf]

<ジョルジ・リゲティ>
5. 「100台のメトロノームの為のポエム・サンフォニック」(1962)
6. 「13人の奏者の為の室内協奏曲」 (1969-1970)
 [fl,ob,2cl,hrn,trb,cem,pf(cel),2vn,va,vc,cb]

日本人の現代音楽の作曲家はまったく知らない人たちばかり。その方が先入観がなくてすむ。1曲目。アンサンブルはバイオリン、チェロ、クラリネットx2、ベース、ピアノ、パーカッションx2という編成。クラリネットは二人とも普通のとバスを持ち替えながらの演奏。細かいフレーズを重ねるミニマルな構成を軸に大きなうねりをパーカッションで作り出そうとしているようにも聞こえる。悪くない。というか、あまりに馴染み深い曲調だ。この1曲だけで判断は出来ないかもしれないが個性は見えづらい。あまりオリジナリティは感じられない。

2曲目はバイオリンとチェロの掛け合い。学生の頃見た海外の実験映画の中に、無機物と無機物の無言会話のようなアニメーションがあったが、そこで用いられていた「言語」がバイオリンだった。もちろん、メロディを弾くわけではなく、現代音楽か即興演奏かとでも言うべき、今なら音響派といってもいいような「音」を用いたものであった。2曲目は直接的にそれを思い出させるもので、これを「作品」として出すことに何の意義も見出せなかった。高度な演奏技法を用いていることは分かるが、難しさのための難しさが先にたち、音楽技術のための音楽とでも言えばいいのか、オリジナリティのかけらも、斬新さも一切ない。50年前なら面白かったかもしれない。

3曲目は再びアンサンブル。とはいえ人数は少なく、きちんとした音程を崩すような音を中心に構成されたもの。これもまたジャズやロックの世界ではよく用いられる手法だ。違いは全編をそれで貫き通したことくらいか。いわゆるDull系の音響派的な楽曲。悪くはないが、新鮮味はあまりない。

4曲目もアンサンブル。これが前半では一番面白かったが、長く記憶に残るほどのインパクトはなかった。考えてみるとこれが一番私には分かりやすかったのかもしれない。曲の骨格がしっかりと見える形であったし、リズムの感覚も受容れやすかった。日本的なもの? 音と音の隙間を空けるという手法がそうだというなら単純すぎる。が、日本の音は、残響よりも、周辺の風の音やざわざわという草木の音、水の音などを含めて楽器の音と絡めながらの間の取り方をしている。コンサート・ホールでの演奏が前提の場合はそれに変わるものが客席のノイズだ。その辺の考え方も訊いてみたい気がした。いずれにせよ、一番面白かったのは間違いない。

15分程度の休憩を挟んで後半1曲目はプロジェクターを用いたPCでリアルプレイヤーを用いた映像の上映。100台の、異なる設定をしたメトロノームをワイヤーでガーっと一度に鳴らし始めて全てが止まるまで。その間のメトロノームの刻むリズムの重なり合いとズレが音楽、という作品。アンソニー・ムーアの「スティックス」を思い出してしまった。あちらは竹の棒を固い床に落としてその音を延々と録音したものだったが、こちらも似たような音響だ。違いはメトロノームには固有のリズムがあること。それが重なったりずれたりというところに面白さがある。前衛ロック的な発想にも通じると言えなくもない。一度体験すれば十分。一度目は面白いが二度目は退屈、という類の作品だ。

そして最後。今日一番の大掛かりなアンサンブル編成。本日の目玉であるリゲティの作品。こちらはさすがに最初から最後まで飽きさせない。緊張感が持続するし、面白い。今となってみれば、これも「古典的な」現代音楽作品としか聞こえないが、それでも「音楽」を音楽として留めようとするかのようなこだわりを感じるし、それが前半の日本人作曲家の作品との違いとして際立っていたようにも思う。音楽とは何か、根本的な問いに立ち返るコンサートだった。

このコンサートで強く感じたのは、今回の作品の多くが、まるで科学者の実験のようなものに聞こえたということ。そこに演奏家の存在はなく、音楽すらない。あるのは、「試してみたい」論理と手法のみ。まるでそういう風に聞こえたし、見えた。もちろん、「ポピュラー・ミュージック」ではない「シリアス・ミュージック」は違うんだ、という主張もあるかもしれない。だが、私は音楽を聴きたい。

クラシック系の音楽を学んだミュージシャンは、ある意味優秀な職人だ。彼らの多くは演奏家ではあってもアーティストではない。そこがジャズやロックとの違いになっているように思う。もちろん、ジャズだから、ロックだからすべてアーティストだとは言わないし、言えない。やはり、そこに横たわる境界線は、即興やアドリブでも、あるいはきちんと楽譜にしたものでも「作曲する」行為の有無だろうか。「オリジナルな音楽を創り出す」行為があるかないかというのは非常に大きいような気がする。どんなに技巧的に優れていても、職人は一時的な存在に過ぎない。芸術家は、一瞬で消えるかもしれないが、長く残る可能性をも持っている。実際、クラシックの世界でも、楽譜の解釈をどう行うか、というところでオリジナリティを見せることが出来た指揮者や演奏家はより芸術家に近い扱いを受けているのではないだろうか。

「誰々に師事」という経歴が演奏者のプロフィールから消えることがなければ、その演奏家は単なる演奏者=職人でしかない。電機の世界でも、米国では回路を考えることの出来る人はエンジニア、回路は考えることは出来ないが実際の基板作成が出来る人をテクニシャンと呼んで区別している。それは、まさに芸術家と職人の差と同じものがあるからだろう。技術は学べるが、創造性は学ぶことは出来ない。いつか、模倣・トレースから抜け出すことが出来なければ、一生職人で終わることになる。もちろん、自分の周りだけで音楽を楽しむのが目的であれば、それでも十分すぎるほどではある。

一方で、実際の技術を知らないエンジニアは成果を出せないし、演奏技術がある程度なければ、作曲家だってちゃんとした作品を作れないだろう。そういう平凡な学者タイプは沢山いるが、そういうのに限って自分の作品が如何に平凡か、如何に井の中の蛙状態かを理解できずにいるように思えるし、演奏者や聴衆が自分よりも下だと見做しているように思える。
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by inVox | 2006-12-16 13:55 | ■Music
「パプリカ」(2006)

e0006365_18375322.jpg原作:筒井康隆
音楽:平沢進
監督:今敏
CAST:林原めぐみ、江守徹、堀勝之祐、古谷徹、大塚明夫

筒井康隆原作ということだけで興味を持った映画。原作は読んだことがない。キャラクター・デザインはいかにもアニメーションという感じで格別好きでも嫌いでもない。外連味を狙ったという演出は効果を上げているように思う。ストーリーも「単純化した」分テンポがよく面白い。音楽も平沢進の持ち味を生かしていてよかった。ただ、声だけはもう少し無名の人たちを使って欲しかった。ちょっと声の当て方も気になった。映像と台詞が乖離していると感じる場面も多々。ちょっと残念。
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by inVox | 2006-12-10 18:38 | ■Cinema/Movie
Dave Sinclairが久しぶりに東京にやってきた。と言っても、フル・コンサートというわけではなく、Real & true のパーティーへの特別参加。友情出演といった形だ。

パーティーそのものは、ブルースからエレクトロニカまで幅広いレンジの出演者によって構成されており、まさにパーティーといった趣。そこに一人だけ別格のミュージシャンとしての参加である。

e0006365_10554331.jpgこのパーティーの前週には滋賀県の酒遊館で「Moon Over Man」発売30周年記念ライブを行ってきたばかりで、その勢いもあったのかもしれない。ただし、こちらはプライヴェートでの参加ということで、グランド・ピアノの演奏のみ。酒遊館でも一緒に演奏したNeil Saundersさんがシンセで軽くバックをつけるという形でのピアノ主体のステージだった。もちろん、全部ボーカルなしのインスト。

Dave Sinclair live at Pit Inn, Shinjuku, Nov. 25th 2006

 Dave Sinclair: Grand Piano
 Neil Saunders: synth.

 1. Wanderlust
 2. Here To Stay
 3. Back For Tea
 4. Always There

e0006365_10561195.jpg正直言って、歌なしだとどうかな、と心配していたのだが、始まってみてびっくり。これって歌入れたバージョンよりも数段素晴らしいのではないだろうか。思わず鳥肌が立ってしまうくらいすごいのだ。Daveの本気のピアノ演奏ってこんなに凄いなんて知らなかった。演奏者としては、オルガンばかりが注目されているけれど、あるいは、Dave自身は作曲家としての自分をもっと強調したくて先のソロ・アルバム『フル・サークル』も製作したけれども、その作曲者としての成果を最大限に発揮できるのは、Dave自身のピアノ演奏によるものではないだろうか。なんか、凄く得をした気分。

日本でのDaveの活動を支えているある方によれば、新宿での演奏は酒遊館での演奏よりもかなりよかったらしい。酒遊館には行けなかったのでなんとも言えないが、それほど新宿の演奏がよかったということだろう。酒遊館でのライブを見た人のレポートにはピアノ・アルバムを計画中だということが書かれていたが、本当なら実に楽しみな一枚になりそうだ。

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コンサートでもソロ・ピアノとバンドの両方のスタイルでのものを見てみたい。ピアノに感動し、オルガンで酔う。そんなライブをいつか体験したいものだ。(写真は数年前のライブ時のもの)
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by inVox | 2006-12-06 10:57 | ■Music
「麦の穂を揺らす風」(2006年/イギリス、アイルランド、フランス合作)

e0006365_14231574.jpgアイルランド独立運動に身を投じた少年の話。と書いてしまえば革命の英雄物語とも誤解されない。映画はどこまでがリアルなものかは抑分からないが、リアリティに満ちている。カンヌ映画祭でのパルムドール受賞作。

イギリス側の武装警察の描かれ方は、まるで洋画での日本軍の描かれ方のようだった。意地悪く、横暴で、残酷で、威圧的。権力をかさにきた嫌な奴ら。一方でIRAに属した少年たちもまた残酷で、双方の描き方に偏った見方はあまりない、と感じたが、全体としてはアイルランド独立運動への重心の置き方がされたいた様にも思う。イギリス軍側の登場人物が、内側から描かれることはまったくない。IRAの中枢が描かれることもない。あくまでも、中心は一人の少年とその周りの身近な人物たちだ。

監督:ケン・ローチ(『やさしくキスをして』『明日へのチケット』)
出演:キリアン・マーフィ(『バットマン ビギンズ』『真珠の耳飾りの少女』)
   ポーリック・デラニー
   リーアム・カニンガム(『デス・サイト』『ドッグ・ソルジャー』)
   オーラ・フィッツジェラルド

「イギリス占領下のアイルランド」でのIRAは純粋に独立運動として捉えることができる、と映画の途中まで感じていた。だが、共和国政府がイギリスとの和平条約を結ぶあたりから共和国政府とIRAとの関係は崩れてしまう。IRAは政府にとっては「極右」という扱いになってしまうように思えた。「平和」と「自主独立」は、最初、同じものであるかのように目的としてあったはずなのに、現実は分離して扱わざるを得なくなる。この映画は、抑圧に抗う勢力のすべてが、必ずしも同一のベクトルを以っていわけでも、正しいわけでもないということを見せ付けてくれた。もちろん、どれが正しく、どれが間違っているという主張があるわけではない。考えさせられる作品だ。

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"The Wind That Shakes The Barley"

いい映画だ。パルムドールも納得できる。幼馴染の葬式で老婆によって歌われるアイルランドの古い歌がタイトルになっている。アイルランドとイギリスの確執は長い歴史を持っている。現在は完全独立を果たしたアイルランド共和国だが、国民感情は今どのようになっているのだろうか。イギリス政府は、今もまた同じようなことを繰り返している…。
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by inVox | 2006-12-04 14:23 | ■Cinema/Movie
Pauliina Lerche 公演日程

ということで、来年3月3日のひな祭りと翌4日の二日間。新宿Pt Innでのライブとなる。これは絶対に見逃せない!
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by inVox | 2006-12-02 00:08 | ■Music
「スーパーエッシャー展 ~ある特異な版画家の軌跡」 Bunkamura ザ・ミュージアム 11/11-1/13

エッシャーの騙し絵、というのは一度見たら忘れられない強烈な印象を持っていると同時に、現在では様々なところで使われすぎている陳腐なイメージの両方がある。だが、実際の作品をきちんと見たことはこれまでなかった。版画の作品のオリジナルという概念がどういうものなのか、よく分からないところもあるが、今回の展示会では「オリジナル」を見ることが出来た。

e0006365_2357616.jpg騙し絵よりも印象に残ったのは、今回の展示の中心を占める風景や動物、鳥、昆虫などをモチーフとした作品群、騙し絵に連なっていくモザイク状の同じパターンを連続させた組合せ模様で構成される作品もインパクトはあるが、そういった後期の作品の土台としての初期の作品群が印象に残った。

直線や曲線の扱い方、同じパターンの連続する組合せに見られる精緻な計算、騙し絵に見られる空間構成の論理的な非現実性など、いずれも数学的な論理が見え隠れする。版画を手段とした数学者だと言ってもいいのかもしれない。バッハの音楽を図式化した作品などは、バッハの音楽の持つ論理性(和声やリズムといった論理)を図式化したものだが、それをアニメーションとして動かしていたものはそれほどのインパクトを受けなかった。一つにはその手法が既に実験映画やミュージック・ビデオなどで公知のものとなってしまっていたからかもしれない。
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by inVox | 2006-12-01 23:57 | ■Arts