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「迷子の警察音楽隊」 (2007 イスラエル/フランス)

監督・脚本:エラン・コリリン
出演:サッソン・ガーベイ/ロニ・エルカベッツ/サーレフ・バクリ

e0006365_11552073.jpg「2007年 東京国際映画祭グランプリ受賞作品」とかカンヌ映画祭やエルサレム映画祭などでいろんな賞をとったというのは納得した。一風変わった映画だ。音楽はそれほど沢山は使われている訳ではないが、とても重要な意味を持っている。いや、私が言いたいのは、「音楽が重要な意味を持つ」と思われる人々が、生活したり、音楽したりするのを描いた映画だ、ということだ。音楽がどんな意味を持っているのかは、何も描かれていないと言ってもいい。だって、それは個々人で異なるものだし、それが焦点となっている訳でもないからだ。ただ、音楽を愛する人たちが出てきて、出会い、別れていく。音楽はその中のスパイスに過ぎないのかもしれない。イスラエルの田舎町。とても静かだ。砂漠の中の小さな町。とても行ってみたいと思わないようなそんな街が舞台となる。

上映中、何度も笑い声が客席から上がった。そんな映画だ。ある種のロード・ムービー。
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by inVox | 2007-12-31 11:55 | ■Cinema/Movie
「ベオウルフ 呪われし勇者」

e0006365_23313793.jpg「デンマークの王」を聞いたばかりだというのに、そのデンマークのもっと昔、8世紀頃の伝説の勇者であり王であったベオウルフを描いた映画だ。オープニングでオヤッと思わせたのは、全体をCGと実写を合成したものだったからだ。合成といっても、背景がCGで、とか、特定の登場人物やキャラクターがCGというようなものではない。実写の人物だろうと思われる人間そのものがCGと実写の境目の分かりにくい交じり合ったものになっていて、当然背景などもすべてそのようなものになっていた。

e0006365_2332085.jpg伝説は、水の中にすむ女の怪物と彼女をめぐる勇者の間で繰り広げられる因果応報を描いたもの。王とその後継者。ドラゴンと怪物。生贄と供物。父と息子。母と息子。野蛮なヨーロッパの中世以前。キリスト教が漸くデンマークにも入り始めたころのお話だ。キリスト教が、それ以前の土着の宗教(あるいは宗教めいたもの)を駆逐していく様子もさりげなく描かれている。

最初の数分でがっかりさせられかかっていたのだけれど、最後まで見たときには、結構気に入ってしまった。神話と伝説がまだ完全に分かれる前の時代のお話だ。

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見た後で、この映画には3D版があるという話を聞いた。そちらの方は、私が感じたCGの不自然さがなく、立体映像として非常に迫力のある仕上がりになっているようだ。ちょっと気になる。
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by inVox | 2007-12-30 23:38 | ■Cinema/Movie
「ナショナル・トレジャー リンカーン暗殺者の日記」

第1作目を見て面白いと思った。その後何度かTVでも放送されたようだが、まさか2作目があるとは思っていなかった。前作同様、祖先が、そのために命を落とした財宝の手がかりを元に、謎を解き、罪を犯しつつも最後には成功し許されるというディズニーならではのハッピー・エンド・アドヴェンチャーだ。監督もよいし、ニコラス・ケイジも嫌いではない俳優だ。

e0006365_14384042.jpg全体としてディズニー・ランドのアトラクション的なノリは前作と同じ。だが、今回は謎解きが甘いような気がした。ヒントが分かりやすかった。もう少し謎を難しくしておいてもらっても良かったかも。だけど、元々子供向けというのが軸にある映画だし、文句を言わずに楽しもう。いや、楽しめた。音楽も前作と同じくトレバー・ラビンだ。ポップでダイナミックなサウンドはトレバーらしい。
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by inVox | 2007-12-29 14:39 | ■Cinema/Movie
「ヘアスプレー」

ジョン・トラボルタの久しぶりのミュージカル映画、という話題もあったようだが、ピーター・ハミルが来日時に1970年代前半にロンドンでも流行ったのだと話したというのを聞いて、やっぱり見ておこう、と思い立ち、もう上映期間も最後のほうになっている今頃になってようやく見てきた。... 結果、面白かった。楽しかった。笑った。足が動いた。体や指でリズムをとった。

e0006365_9374089.jpg主演の女の子はオーディションで選ばれた新人だそうだが、のっけからベテラン顔負けの演技。堂々としすぎか?と思ったほどだ。いやいや、日本の若手俳優・女優を見慣れすぎたので、むちゃくちゃプロフェッショナルに見えてしまったのかもしれない。とにかく上手い。主人公の友人役の若手も、顔立ちこそ、いまどきのアイドル系だが演技はそれなりによかった。ミュージカルだから、と普通の映画とは違う部分を割り引いても日本の若手の数倍良かった。少なくとも、学芸会レベル・お遊戯レベルではなかった。

60年代初頭のバルチモアが舞台なのだが、黒人差別がまだまだ色濃く残っている時代・街・人という設定だ。それが、このミュージカルのオリジナルが書かれた1972年頃にどのような位置づけにあったのかは分からない。けれども、今の私が見る限り、人種差別を表現したシーンでは、不快さを禁じえない。もちろん、ストーリの中でそれが解消されていくという展開があるからこそ描かれているのだが、これを演じなければならない若い役者たちはどのように感じたのだろうか。差別を廃していく時代の動きの真っ只中にいる、という役を楽しんでくれていればいいのだが。それだけが気になった。
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by inVox | 2007-12-28 09:38 | ■Cinema/Movie
「新たな響きvol.2 + フェルドマン没後20年」アンサンブル・コンテンポラリー・アルファ公演

・12月14日(金)19:00~
・すみだトリフォニー 小ホール

曲目
1.「デンマークの王(The King of Denmark)」(1964)
   モートン・フェルドマン [perc.]
2.「新作」 (2007 世界初演) 星谷 丈生 [fl. ob, vn solo, vn, pf]
3.「アントモフォニー II」(2003) 斉木 由美 [fl. Bcl ,vn ,vc ,pf]
4.「クラリネットと弦楽四重奏(Clarinet and String Quartet)」 (1983)
   モートン・フェルドマン [cl, 2vn, vla, vc]
演奏:
 夏田 昌和(指揮)
 木ノ脇道元(フルート)
 宮村和宏(オーボエ)
 鈴木生子(クラリネット、バス・クラリネット)
 花田和加子(ヴァイオリン)
 佐藤まどか(ヴァイオリン)
 辺見康孝(ヴァイオリン、ヴィオラ)*客演
 松本卓以(チェロ)
 及川夕美(ピアノ)

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「新たなる響き」の第2回目。モートン・フェルドマン(Morton Feldman)の作品二つを軸として二人の日本人作曲家の作品を間に挟んだ4曲、2部構成。といっても、前半3曲、後半1曲。最後の曲は約45分。

1曲目、ステージに山と積まれた打楽器の数々。金物が多い。演奏は素手によるもの。楽譜がどのようなものなのかが気になった。というのは、かなりの場面で楽譜に見入る演奏者の動きが気になったからだ。配布されたパンフの文章の中には、フェルドマンの初期の楽譜はいわゆる五線譜ではなく、図形・図象譜面だとあったので、なおさら。もし、この曲の楽譜も図象だとしたら、演奏者はすなわちアレンジャーであり、即興的な要素を強く求められていることになる。だとすると素晴らしい演奏者だ。だが、もし、細かく音符としてどの楽器をどの順番で、どのように演奏するのかが譜面上に指定されていたとしたら、演奏者は素晴らしい職人だとなる。ライブ演奏の醍醐味は、目で見ることにも多くを依っているので、この演奏は大変楽しめたのだが、これがレコーディングされたもので、音だけを聞かされたとしたら、まったく違う理由で感動していただろうと思う。音楽とは不思議なものだ。

変わって2曲目。ダイナミックな動きを見せるソロ・ヴァイオリン奏者の動きは、音楽とはあんまり関係ないように見えた。と言うよりもむしろ、動きの少ないほうが出てくる音の良さが強調されただろうなぁと思ったのだ。動きの激しい分。逆に、音はたいしたことないじゃん、と思ってしまった。これもまた生演奏ならでは。それにしても、この曲。こうやって思い出しながら書いてみても、印象に残っているのがソリストの動きだけ、という希薄な印象しかない。このコンサートの中で最もつまらなかった曲だ。

「虫」がテーマという3曲目は、音と音楽の関係を真摯に追及した良い曲だった。一つ一つの音に必然性が感じられ、それが自然なものであり、かつ、また、作曲されたものとしても恣意性をきちんと感じることが出来たのだ。これって、ちょっと面白いかも。現代音楽という枠を取っ払ってしまえば、たとえばこの曲などは録音物としてCDショップでは「ポピュラー音楽」の棚に分類されていくだろう。そういう普遍性を感じられる曲だった。

そして、休憩を挟んで後半。

フェルドマンにしては、決して長い部類の曲ではないそうだ。事前に脅かされていたような「す~」とか「ふ~」というのでもなかった。むしろ、きちんとしたテンションが最初から最後まで高いレベルで持続し、メリハリのある展開も明快であった。あっという間に終わってしまったという印象だ。間違いなくこのコンサートの目玉だった。途中でバイオリンの方のうちお一人の緊張感が途切れた瞬間が3,4箇所あったのはご愛嬌というところだろう。こういう曲でこそ、演奏者は自身の力量が試されると言えるのではないだろうか。指揮者がいたが、できれば、これを指揮者なしで、アイ・コンタクトだけで演奏してみて欲しい。そこで生まれてくるのは、まったく違う力を持ったアンサンブルになるはずだから。
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by inVox | 2007-12-24 00:12 | ■Music
「フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展」<a href="http://www.nact.jp/" target="_blank">国立新美術館

e0006365_1795445.jpg予想外だったのは、とても小さなエッチング版画がやたらに多かったこと。フェルメールの「牛乳を注ぐ女」(アムステルダム国立美術館所蔵)自体もそれほど大きなものではなく、あまりの人の多さのため近くによって見ることが出来なかったのでちょっと残念。

e0006365_17101785.jpg「風俗画」ということで、生活の一場面を描いたもので展示品は固められていたわけだが、正直言ってちょっと飽きた。途中にあった絵画に描かれた楽器の現物展示コーナーがなければ退屈だったかもしれない。もちろん、人の多さで、半分くらいを占めていたエッチング作品の一点一点を良く見ることが出来なかったからなのだが。

それにしても、エッチングという手法のせいもあるのかもしれないが、自分の顔の描かれ方がどうしても漫画っぽく見えて仕方がなかった。特に目の描き方が漫画だなぁという印象を持ったものが多かった。個人的な好みからはバツ。私はどうしてもいわゆる「絵」の方が版画よりも好きなのだろう。もう少しフェルメールの作品をたくさん見てみたかったが、以前開催されたフェルメール展を見逃したのが痛かった。残念。
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by inVox | 2007-12-23 17:10 | ■Arts
「鳥獣戯画がやってきた!―国宝『鳥獣人物戯画絵巻』の全貌―」展 サントリー・ミュージアム

e0006365_18424514.jpg学校では「鳥獣戯画」という名前で教わった記憶があるのだが、いつの間にか「人物」が加わっているようだ。これが甲乙丙丁の4つの巻物からなるものだというのはなんとなく知っていたような知らなかったような。しかし、それぞれに異なる写しがあったり断片があったり、順番の異なるバージョンがあったりするというのは初めて知った。



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昔、教科書で見た印象はもっと毒のある風刺の意味合いの強いもの、というものだった気がする。その印象がずっと残っていたのだが、今回見た限りでは「漫画」。風刺ももちろんあるのだが、むしろ、庶民が世の中を皮肉ったような、江戸時代で言うなら「粋」に近いものだという印象だった。絵そのものも、いろんな人が描いているだけにばらつきの幅が大きい。下手な絵があると言っているのではなく、画風が異なるという意味だ。

それにしても、書いてある文字が読めないのは残念。誰かこれをアニメーションにして誰にでも判るものにしてくれないだろうか。
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by inVox | 2007-12-22 18:44 | ■Arts
Ikuko Suzuki Live at 彩ギャラリー 
12月4日(火)19:00-

アートトラスト・彩ギャラリー

子供時代の造形美術のお師匠様「りんこちゃん」の個展にあわせた一連のイベントの中のひとつとして、バス・クラリネットの独奏と、キーボード奏者、岩崎裕和氏とのデュオとで構成されていた。

ソロでは、バス・クラリネットという楽器の音色の美しさを堪能させてもらった。やはり木管楽器の中でも特に柔らかな音色を誇るクラリネット属の楽器だ。とても気持ちの良い音色だ。12月ということで、既に街はクリスマスの雰囲気が強くなってきていたが、個展の展示作品にも多くのクリスマスものがあり、こういう雰囲気のライブも良いですなぁ。

デュオの前に、岩崎さんのソロがあり、いつものお馴染みの曲を中心にギターレスを感じさせない演奏が楽しめた。そして、デュオでの即興演奏。即興は苦手と言っていたが、なかなかの音が出てきた。後で聞いたら、和音との絡みは苦手だとのことだったようだが、そこは岩崎氏が良く補っていたように思う。

さて、今回の目玉は「ジャック・ドゥ」だ。本来バス・クラリネットの多重録音と電子音で構成されているこの曲を、キーボードで伴奏を置き換えて演奏してみようというもの。当然、かなりのアドリブがキーボード側には期待される。アコースティックな生楽器と、電子楽器の代表であるシンセサイザーのアンサンブルは、キーボードが抑え目な音量になっていたこともあって無難に進んでいった。ちょっと無難すぎるかな、という感じもあったが、控えめなキーボードのアレンジが、最初の試みとしては、十分な成果を得たと言っていいと思う。次は、たぶんに鬩ぎ合うアレンジを期待したいし、もっとアドリブを入れ込んでいって欲しいゾ、と。いったん曲を破壊するまで崩していってから原曲に戻ってくるような展開を聴いてみたい。
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by inVox | 2007-12-21 23:50 | ■Music
「生誕120年記念 色彩のファンタジー シャガール展 -写真家イジスの撮ったシャガール-」

シャガールの作品と、シャガールを写した写真からなる二人展。写真を見てみると、まるで「メイキング」DVDを見ているような気分になった。シャガールの顔もいろんな表情を見ることが出来たし、夫婦で写っている写真など、「人間」シャガールの一面が見えてくるようでとても面白かった。

e0006365_2333292.jpg元々シャガールの絵画は、それほど好きな訳ではなかったのだが、こうして人となりを少しでも見てしまうと、また違って見えてくるから不思議だ。やはり、音楽と同じで、結局はそれを創り出している人間を見ているのだなと思ってしまった。シャガールの描くデフォルメされた人物は、こうして見るとなるほど奥行きが見えてくるのか。という感想だ。

写真は、ある意味で写実主義の絵画を駆逐するものとして扱われていたこともあるが、写真にも写実以上のものがあることはいまや常識となっているだろう。しかし、その基本が写実にあることも間違いないことだし、この展覧会で使用されている写真は、ある意味、写実の裏側にある真実を写し取ろうとした結果の作品のような気もする。ともすれば、写真は単なる手段に過ぎないとされ、そこに写された被写体のほうに意識・議論が集中してしまうのだが、そうさせるのも写真の持つ力なのだろう。写真は空気のようにそこにありながら「ない」ものとして扱われてしまう。写真の写し取ったものが類まれな一瞬であり、人間の時間間隔からすれば、めったに存在し得ないものであったとしても、それを永続させてしまうのだ。切り取られた時間の限りのない拡張を実現させるのが写真である。そういう意味では絵画もまた同じ機能を持ち合わせている。「切り取られた」のか「閉じ込められた」なのかはともかく「瞬間」という以上にある時間上の一点の記録でありながら同時に永続する無限大の時間の記録でもある。そんなことを考えてみた。
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by inVox | 2007-12-19 23:33 | ■Arts
「フィラデルフィア美術館展 印象派と20世紀の美術」東京都美術館

e0006365_093015.jpgいやいやいや、しょっぱなから圧倒された。さすがに金に飽かしてかき集めた個人コレクションの寄贈からなる美術館の収蔵品だ。有名どころの画家の作品がずらりと並んでいる。当時すでに名声を博していた芸術家の作品だけにその存在感は強い。これが個人の所有のままだったら、と考えると怖い。アメリカではヨーロッパと違って、多くの美術館が、これらの個人の所蔵美術品が「寄贈」されて美術館が成り立っていったと解説にあったが、その精神はすばらしいと言える。欧州の美術館の多くが、旧王族や貴族の所蔵品を接収したりして成立しているのとは違うぞ、とアメリカ人が胸を張るわけだ。アメリカにもいいところがあるんだなぁと思わせる話だ。しかし、これだけの作品が所蔵品の一部でしかない訳だから、実際にフィラデルフィアへ行って見てみたらどんなにすごいだろうか。行って見たいなぁ。
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by inVox | 2007-12-19 00:10 | ■Arts