ブログトップ

Out of My Book

invox.exblog.jp

Official inVox Blog; Watched, Read and Listened in my real life.

<   2008年 07月 ( 9 )   > この月の画像一覧

「シャガールとエコール・ド・パリ コレクション」青山ユニマット美術館

e0006365_075978.jpg調子に乗って行ってきました>私企業の美術館第三弾です。今回は、企画展「女性美賛歌」と特別展示のムンクの「二人の姉妹」もたっぷりと見てきました。「たっぷりと」見れたのも当然で、お客さんらしき人は私の他にただ一人だけ。警備のひとも時折歩いて回っているだけでしたから。

e0006365_085047.jpg展示されている所蔵品は、思いのほかレベルが高くて、パブロ・ピカソキース・ヴァン・ドンゲンモーリス・ユトリロラウル・デュフィジョアン・ミロモイーズ・キスリング藤田 嗣治マリー・ローランサンアメデオ・モディリアニアレクサンドル・カバネルカミーユ・コロージャン=フランソワ・ミレーカミーユ・ピサロクロード・モネオディロン・ルドンポール・ゴーガンなどなど。しかも、作品はあまり知られていないかもしれませんが、とてもいい作品ばかり。習作とかデッサンなどの半端なものは展示されていませんでした。いやぁ本当にめっけもんです。しかも、3フロアにまたがって、ゆったりとした展示の仕方は、互いの作品が邪魔しあわずに集中してみることができるのでとてもよかった。

特に気に入ったのは、アレクサンドル・カバネル「ヴィーナスの誕生」(1863年 油彩/カンヴァス)。ナポレオン3世への献上品の縮小版を自ら描きなおしたもの。元の作品よりは小さいとのことだが、そちらもいつか見てみたいものだ。キース・ヴァン・ドンゲンもよかった。モディリアーニも2作品同時展示ということで素晴らしかった。コローはさすがだし、いや、また見に行こう。
e0006365_082138.jpg

[PR]
by invox | 2008-07-31 00:09 | ■Arts
生きる喜び 素朴絵画の世界「アンドレ・ボーシャンとグランマ・モーゼス」
~自然を愛した画家からの、心暖まるメッセージ~ 損保ジャパン東郷青児美術館

e0006365_9455224.jpgブリヂストン美術館に刺激されて、それ以外の私設美術館を見てみようという気になった。というわけで行ったのが損保ジャパンだ。ブリヂストンでも貼ってあった同展覧会のポスターが少し気になった、という理由もある。新宿の高層ビルの42階。やはり人足は少なく、ゆっくりと見ることができた。

前半がボーシャン、後半がグランマ・モーゼスという構成で、出口付近に所蔵品から山口華楊やもちろん東郷青児の作品が数点、そして、個室の中にゴッホ『ひまわり』、ゴーギャン『アリスカンの並木路、アルル』、セザンヌ『りんごとナプキン』の3点。

e0006365_946151.jpg「素朴絵画」という言い方自体を知らなかったので、新鮮であったが、ボーシャンの絵はとても良かった。絵の中に小さく描かれている人々の頭が大きいのは愛嬌として捉えることができるが、肖像画は素晴らしい。何より、風景の描き方が秀逸である。一番驚いたのは静物画として花を題材にしたものが多かったのだが、これがとても素晴らしかった。特に自然の風景を背景とした作品は新鮮だった。写実的とは言えないがリアルだったのだ。

一方グランマ・モーゼスは、2点だけ展示されていた刺繍絵があまりにも素晴らしく、その後の実際の絵画の印象を薄くした。こちらも素朴絵画ということだが、絵の中に描かれる人々の顔が子供の絵と同じように点と線で目鼻口が描かれていて思わず笑ってしまった。また、風景がいかにもアメリカ的な風景で、ボーシャンとは良い対比を見せていた。こちらも悪くない。

e0006365_9463152.jpgゴッホの『ひまわり』。テレビや紙媒体では何度も見たことがあるが、本物を見るのは初めて。油彩らしく、絵の具が盛り上がっていて、それが花びらを立体的に見せている。ある意味グロテスクだ。あまり間近で見るものではないと思う。3mくらい離れてみるのが一番いい。ゴーギャンとセザンヌは、ここまで隔離して見せるものでもないような気がした。なんとか美術館展みたいな展示会で歩きながら見る方が印象に残るかもしれない。ゴーギャンの絵は気に入ったけれど。

今後もいろんな企画展示をやるようなので、時折見に来たいと思わせるに十分な内容だった。ゴッホやゴーギャンを時々見るのもいいだろう。静かだし、見やすいし、気に入った。
[PR]
by invox | 2008-07-27 09:52 | ■Arts
鈴木生子 クラリネット・リサイタル
(Emsemble Comtemporary α~リサイタル・シリーズ vol.19)


2006年の「20世紀のオランダから」と題されたトリオでのライブから早くも2年が経った。今回のリサイタルは、その間の精進振りを十分に知らしめる堂々たるものだった。

e0006365_11161152.jpg・2008年7月17日(木)
・すみだトリフォニーホール・小ホール
・出演:鈴木生子(クラリネット、バスクラリネット)
 共演:アンサンブル・コンテンポラリーαα
    佐藤まどか、野口千代光、花田和加子(vn)、安藤裕子(vla)、
    松本卓以(vc)、及川夕美(pf)、多久潤一朗(fl・賛助)
・主催:アンサンブル・コンテンポラリー α
・助成:財団法人ロームミュージックファンデーション、
     芸術文化振興基金

1)バスクラリネット独奏のための「二重奏」(テオ・ルーフェンディ)(鈴木)
2)「タッチ・アンド・ゴー」(ローデリック・ドゥ・マン)(鈴木、及川、野口)
3)「恋の相手を変えたのなら」(ヨハネス・オケゲム)(鈴木、松本、安藤)
  ~ 6人の作曲家による同編曲集6曲(鈴木、及川)
4)「ブラック・エルヴズ」(伊藤弘之)(鈴木)
5)「小組曲」(ジャチント・シェルシ)(鈴木、多久)
6)「クラリネット五重奏曲」(エディソン・デニソフ)(鈴木、佐藤、花田、安藤、松本)

いくつかの曲は、前にもライブで見た・聴いたことがある曲だ。純粋な初聴曲はオケゲムとシェルシ、デニソフの3曲。ソロは安定した演奏で、力量の充実度を示していた。嬉しい再演の「タッチ・アンド・ゴー」は、共演者が前回見た時とは異なり、コンテンポラリーαのメンバー。バイオリンは線が太く、パワフル。ピアノは繊細で正確。何より驚かされたのは、バスクラの音。前回と比較して圧倒的に音が強い。芯が強固になっていて、さすがプロのミュージシャンだと実感させられた。惜しむらくはピアノに関しては前回の男性奏者の持っていたパワーに少々及ばなかったことだろう。あくまでも比較の話。でも、もし、今またあの3人でこの曲を演奏したら、ものすごい演奏になるのではないだろうかなどと想像をするのはとても楽しい。

e0006365_11163474.jpg後半、シェルシのフルートとのデュエットでは、互いの演奏レベルが高く、見ていて飽きない。これはいい。もう少しインタラクティヴに掛け合いをしてみるのも面白いだろう。最後のストリングス・カルテットとの共演となる五重奏では、もう少し音量が欲しかった。それぞれにオンマイクでPAを通してみても面白かっただろう。クラシックではないのだから、その辺はもう少し自在に冒険してみてもいいのではないだろうか。5人だったら指揮者も要らない。メンバーどうしのアイ・コンタクトだけでも十分に演奏できたはずだ。それによって生まれるダイナミクスも音楽の一つの魅力である。それはさておき、このクインテットは素晴らしい。緊張感もあり、演奏のまとまり方もよく、相互作用もある。ぜひもう一度聴いてみたい。

今回のコンサート、「リサイタル(独演会)」となっているのだが、プロデューサの意向が強く出すぎた部分がオケゲムには感じられた。あれは作曲家・編曲家のための演目であり、演奏者のためのものではなかったように感じられたのだ。あれは原曲だけでいい。編曲集は余分だった。もちろん、楽曲が悪いと言うのではない。それぞれのアレンジは面白かった。しかし、誰のためのアレンジか?この演奏者であればこうしてみるのが面白いのでは?という観点からアレンジを施したと説明した人は誰もいなかった。皆、自分の興味と好みで編曲をしただけだったのだ。要するに演奏者は誰でも良かったのではないだろうか。この演奏者の技術的特徴はこうだからそれを生かしてどうだ、とか、これまでこういう技法はこの演奏者はあまりやったことがなかったのでそれを試してみたかった、とかいうのなら歓迎だったのだが...。

とどのつまり、音楽は音楽それ自体が語るのであって、すなわち実際の演奏そのものがもっとも大事なのだと思う。もし、作曲者や編曲者が語るのであれば、演奏が終わった後にして欲しい。推理小説や映画での「ネタバレ」と同じで、音楽を聴く前にそんなものを聞きたくはない。いや、音楽を聴いた後でなら、むしろそういうものを訊きたくなる事も多いだろう。また、プロデュースするとは、演奏家の意向や資質を100%引き出すための黒子に徹するべきだ。プロデューサの好みや意向を前面に出すべきではないと思う。そうしたいのなら、そう銘打つべきだ。「○○プロデュース、ナントカ公演」のように。現にそういうものも世に多く見受けられる。
[PR]
by invox | 2008-07-26 11:16 | ■Music
「美術散歩ー印象派から抽象絵画まで」ブリヂストン美術館

e0006365_23512524.jpg第1室 新しい道を求めて
第4室 印象派の世界
第5室 変わりゆく絵画の風景
第6室 マティスが歩んだ道
第7室 百花繚乱のパリ
第8室 ピカソの多彩な展開とその交流
第9室 抽象への道
第10室 戦後美術から現代へ
第2室 日本近代洋画の景観

順路を示す札に従って見て行くと、上記のような順番のようだ。これに彫像が集められた部屋が4つほど加わっている。展示室の並び方は欧米風で、様々な方向へと抜けることも可能だが、ある部分はロープ(と言うかテープ)で仕切られていてさすがにそこまでの自由度はない。

e0006365_23514231.jpg前室でロダンの作品複数を含む彫像を見てから第1室へ。ここでは馴染みのあるタッチの欧州絵画が並んでいる。気に入ったのは、先日個展も見に行ったカミーユ・コローの《森の中の若い女》と言う作品。これはよかった。国立新美術館よりもじっくりと見ることが出来たのは嬉しかった。続く第4室ではフィンセント・ファン・ゴッホ《モンマルトルの風車》やアルフレッド・シスレー、カミーユ・ピサロなどの風景画がとてもいい。もちろん、ルノワールやモネも悪くはない。第5室はあまり好みの作品がなかった。セザンヌやゴーガン、ボナールなど有名どころの作品はあったのだが...。第6室のマチスもまたしかり。ヴラマンクの《運河船》はしかし強烈だった。第7室ではルオーの作品二点が強烈なインパクトを見せていた。あまり好みではないがローランサンも二点、印象に残る。そして第8室。ピカソの作品が8つ。アンリ・ルソーが二点。キリコ、ミロ、ブラック、ロートが一点ずつ。中でも、私にとってはあまり印象のないピカソの風景画《生木と枯木のある風景》と肖像画《腕を組んですわるサルタンバンク》がインパクトがあった。それとキリコの《吟遊詩人》。ミ
[PR]
by invox | 2008-07-25 23:51 | ■Arts
スターシップ・トゥルーパーズ3」(米 2008年)

e0006365_23571128.jpg監督・脚本:エド・ニューマイヤー
製作総指揮:ポール・バーホーベン クラウディオ・ファエ
製作:デヴィッド・ランカスター
撮影:ロレンツォ・セナトーレ
音楽:クラウス・バデルト  イーアン・ハニーマン  アンドリュー・レイハー
出演:キャスパー・ヴァン・ディーン、ジョリーン・ブラロック、ボリス・コジョー、スティーヴン・ホーガン、アマンダ・ドノホー、ステリオ・サヴァンテ

「ロバート・A・ハインライン原作」を掲げて第1作目が公開されたのがすでに10年も前のことだと言うので驚いた。劇場に見に行ったし、TVシリーズのDVDも持っている。映画の「ST2」も見たが、こちらは、原作とは全く関係なく、面白かったが、興行成績的には悪かったのではないかと思う。だから、逆にこの「ST3」があまりにも派手に宣伝されていることには違和感を覚える。タレントまで起用したキャンペーンや、出演者の来日など。まぁ1作目もずいぶんとは出に宣伝していたよう泣きがするので、これで当たり前なのかもしれない。その甲斐あってか劇場の入りも悪くはなかった。まぁ一日二回の上映が夕方以降になっているのも、観客層を社会人中心に想定しているからだろうか。夏休みだし、昼間は子供や家族連れ、夜は大人の映画、ということだろう。それにしてもジョニー・リコ、年食ったなぁ。

本作も、登場人物や設定は原作から持ってきてはいるが、舞台設定や時間軸は大きく異なっている。というか、この映画のためのオリジナル・ストーリーなので当然か。戦争や全体主義に対するパロディ、風刺を利かせた、などと言ってはいるが、果たしてどこまで本気だか。あるいは、どこまで見ている人がそう思うか疑問だ。単純に銃を撃ちまくり、バグズを殺しまくるところだけが印象に残るようでは困る。パロディと言えば、宗教もパロディ化されている。現在のキリスト教圏でどこまで受容れられているのかよく分からない。この映画では、シリアスさも笑いの対象の一つだ。

ハインラインは、「宇宙の戦士」と「月は無慈悲な夜の女王」の二作品を通じて一貫している。前者は戦争賛美のように言われ、後者は革命教科書とも言われているが、根っこは一緒だ。「自分の命と自由は自分で勝ち取れ、自分で守れ。」そうすることが出来る人だけが尊敬に値すると考えていたようだ。自分に厳しく、他人に優しく。だけど、だが平和と命を害するものには毅然として立ち向かう。たとえ暴力に対しては暴力で対抗せざるを得ないとしても躊躇しない。そういうところはネルソン・マンデラの考え方も似ているのかもしれない。「暴力に対して真に有効だったのは歴史を通じて別の暴力しかなかった」という考え方だ。

ここで問題にされるのは、「悪しき」暴力と「良い」暴力をどうやって区別、判断するのか、ということだ。何が「良い」のか「悪い」のか、「誰が」判断するのか。そしてそれは「正しい」のか。どうやってそれが「正しい」ということを知るのか。よく「歴史が判断してくれる」とか「歴史が証明してくれる」と、判断を放棄する発言をするリーダーも多いが、それが現実だろう。だれも判断できないのだ。そうやって「信じて進む」人たちが何と多いこと。それはある種恐怖ですらある。その恐怖に負けて「何もしない」を選択することもまた同じようなものだ。出来ることは、そういうことについて、考え続け、悩み続けることしかないのだろう。もちろん、行動しながら。
[PR]
by invox | 2008-07-23 23:57 | ■Cinema/Movie
「アフタースクール」(2007年 日本)http://www.after-school.jp/index.html

監督・脚本:内田けんじ
出演:大泉洋、佐々木蔵之介、堺雅人、田畑智子、常盤貴子

e0006365_14532352.jpg知り合い二人が、まったく無関係に褒めていた(うち一人はButterfly Kiss)ので、つい気になって見に行った。この監督の作品は初めてだ。映画館のホームページでの紹介文に『“信じていたものが一気にひっくり返るような”想像を超えた展開が待ち受けている。』とあったのを先に読んでしまっていたので、どこまでそれを忘れてみることができるか不安があったのだが、案の定、「展開」を読もうとしてしまった。しかし、それを意識しないでおこうという努力の甲斐あって、この映画は楽しめた。実に面白かった。日本映画もやるじゃない、という感じだ。

役者は、見慣れた人が多く、強いイメージが付いている大泉洋や佐々木蔵之介、常盤貴子など、そのイメージに引っ張られるのでは?と心配したが、杞憂であった。実に上手い。さすがというほかない。テイストが異なると書かれていた前作『運命じゃない人』も見てみたくなった。
[PR]
by invox | 2008-07-19 14:53 | ■Cinema/Movie
「ウィーン美術史美術館所蔵 静物画の秘密」  国立新美術館

国立新美術館は、上野に集まる美術館群と休館日が異なるため便利だ。他と同じ休館日だと思う人も多いのか、混雑は全くなかった。ま、それも今のうちか。
e0006365_054559.jpg

私の得意ではない分野「静物画」、英語では「Still-Life」。欧州のそれは、花、果物、焼き物、武具、髑髏、動物の死骸、台所用品などの日用品などが多い。一方で、狩猟のモチーフで描かれたものや、静物がある日常生活の一場面を描いたものなど、え、これも静物画に入れていいんだ?と思うものも結構あった。

e0006365_061340.jpgそれにしても、今回展示されていた静物画には、基本的に写実主義的なもの以外はほとんどなかった。まぁ時代的に15世紀~18世紀辺りが多かったせいもあるのだろうが、ピカソやダリなどの描いた静物画もあると面白かったろうに。解説によれば、これらの静物画は、当時の自然科学の発達に同期して、緻密で正確な描写が流行りだったようだ。これでもか、と緻密に正確に描いて、その腕前を競ったのだろうか。今となっては、正確であるとか精密・緻密であるということは、写真や動画、あるいはCGにおいては「当たり前のこと」に過ぎなくなっている。人が描くものには、そこにどのような手が加えられているか、ということに価値が置かれているように思う。今回の花を描いた絵の中に、自然では絶対にありえない時間と場所の花々の組み合わせが描かれていたものがあった。当時としては、それが限界だったのではないだろうか。だからこそ、謎掛や風刺を仕込んだもの以外に静物画は主流からは外れていったのではないだろうか。あぁ、もちろん「練習」としての静物画は今でも健在だと思うが。
e0006365_062873.jpg

[PR]
by invox | 2008-07-15 00:06 | ■Arts
西の魔女が死んだ」(2008 日本)

e0006365_18412937.jpg最後まで見ようかどうか迷った映画だ。あおり文句が大仰だとつい。だけど、抑えた演出。これまであまりよく知らない主演の二人。少ない登場人物など、単純に映画として楽しめたし、内容も良かった。今度本屋さんで原作を買ってみようかという気になった。この映画、もう一度見てもいいだろう。

エンドロールに流れるテーマ曲は、新居昭乃が作詞作曲した(作曲は共作)ものを手嶌葵が歌っていた。映画全体の音楽は福岡出身のトベタバジュンだそうだ。新居昭乃とは福岡つながりか。
[PR]
by invox | 2008-07-12 18:41 | ■Cinema/Movie
「コロー 光と追憶の変奏曲」国立西洋美術館

VdGGのライブが終わって、日々をそのフラッシュバックに彩られながらも、何とか日常生活、つまりは仕事に復帰したところで、ようやく見に行く時間が取れた。

e0006365_2317881.jpg風景画と人物画。初期の風景画は日の光の透明感を如何に捉えるかを追い求めたようだ。イタリアの地中海の日差しを絵の中に取り込もうとした感じがよく分かる。それから徐々に写実的な技法の中に印象派的な技法が混じりあい、他では見たことがない独特の雰囲気を持つ風景画になってくる。そして柔らかな風合いの人物画は、印象派にはとてもまねできない写実と印象の絶妙のバランスの上に成り立っているように思える。もっといろんな作品を見てみたい。

ちなみに、私よりも一足先にVdGGライブに来たついでに見に行かれた知人がコロー 光と追憶の変奏曲を書いている。
[PR]
by invox | 2008-07-06 23:17 | ■Arts