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「黒と茶の幻想」恩田陸

「黒と茶の幻想」 恩田陸

「黒と茶の幻想」恩田陸_e0006365_632493.jpg小説はシリーズ物が好きだ。特に小説の中の世界を次々と拡大していってくれる作品は大好きだと言っていい。直接的に主人公が話を展開していくものも好きだが、同じ世界を舞台にしていながらも主人公が違っている場合も同じくらい好きである。法月倫太郎と同様に、私と同い年の恩田陸のこの作品は前者と後者のハイブリッドなシリーズに属していると言えるだろう。登場人物が重なりながらも主人公としては変わっていく、あるいは新しい登場人物が主人公となる作品群だ。一つの事実に対する複数の真実を、それぞれの視点から何度も語りなおしていくような感覚だろうか。もちろん、そこで語られる事実はたった一つの出来事ではなく、同じ時間・時代とでも言うべきものであり、そのことを解説者(彼もまた同い年だ)は「世代感覚」と表現している。同じ時代に属する共通の記憶、それが事件だったり、流行だったり、映画やTV、あるいは歌・音楽だったり、環境的なもの(たとえば教育制度や社会風俗など)だったりするのだが、漠然とした「共有された時」の感覚は誰もが自然に持っているものだろう。それを恩田陸はおそらく強烈に自分の中に意識されたものとして持っているのではないだろうか。

「黒と茶の幻想」恩田陸_e0006365_632217.jpg登場人物は男女二人ずつの4人。それぞれの視点で描かれる四つの章立てで構成されている。四人のキャラクター設定はしっかり描かれていて奥行きも広がりも深さも申し分ないだろう。だが、読んでいて、どうしてもこれは一人の物語に思えてきてしまった。一人の人間のもつ四つの異なる側面を独立させて描いたように感じられてきたのだ。それは四人の登場人物のそれぞれに自分が如何にすんなりと同調してしまったか、という事実による。これらの四つのキャラクターは矛盾しつつ共存できる・しているものなのである。日ごろから自分が如何に自分の生きている世界に対峙しているかを考えるには面白い小説だった。恩田陸のこのシリーズに限らない作品も含めた著作は全て同じこと・ひとを繰り返し記述し直しているような印象を受ける。もちろん、作品が同じだとかマンネリだと言っているのではない。同じ人間の様々な時間と場合を、これまた様々な切り口と視点から語っていると感じられるのだ。それはまるで、自分自身の逃れられない自意識を一生見つめ続けなければいけないことと似ている。

今回も、恩田陸の作品から音楽が聞こえてきそうだった。どこにもこれといって音楽が登場する場面はもちろんない。だが、通底する部分で流れている音楽が感じられるのだ。それは私にとってはもうずっと長いこと聴いていないピンク・フロイドのイメージだった。それも「おせっかい」あたりの雰囲気だ。
by inVox | 2006-05-03 06:27 | ■Books

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